2005年06月07日

Cheetah_Puma_Jaguar_Panther_Tiger_Leopard

10.4 の出荷が迫ってきたが準備は特にしていない。Mac Mini は Tiger 搭載モデルを導入予定のためであるし、今使っているコンピュータに Tiger をインストールする必然性も感じられない。

追記 正式名称は Leopard に。

投稿者 kawabata : 23:03

2003年06月25日

Safari 1.0

WWDC2003でついに1.0正式版がリリースされた。OSXプラットホームにおけるデフォルトWWWブラウザとして機能し始めたわけだ。機能的には、v.7x のベータ版のころとさほど変化はなく、ある程度安定して動作している。当方の掲示板などでの日本語による書き込みも少しだけよくなっており、書き込み直後の文字化け、不当な表示が出現する確率も下がっている。万全のセキュリティを必要とするSSLサイトなどでの挙動は未確認。この辺りでSafariを気兼ねなく使うにはもう少し実証が必要かと思う。ネットショッピングなどでは、メンテナンスモードに入っているとはいえ、現状では動作の安定性に分のあるInternet Explorerの出番が多いかもしれない。私は単なる個人情報(住所、電話番号など)はすでにSafariを通じて数回入力、送信しているが、いささか不安な気持ちをかかえていることは否めない。といってIEが盤石であると考えているわけではないのだが…。

目立った機能面での変更はないが、「ブックマーク」ウィンドウ上で「自動タブ」機能のチェックボックスが追加されている。「ブックマークバー」に作成したブックマークのフォルダ単位にチェックを入れることによって、ブックマークバー上で機能をONにした任意のフォルダ名をクリックすると、内包されるURLを同時展開してくれる。今まで、Commandキー+クリック、あるいはContorlキー(マウスの右クリック)+マウスクリックで表示されるプルダウンメニューで表示される「すべてをタブで開く」で機能していたものが、まったくのワンアクションで可能となった。

さて、ここからはmiというきわめて優れたオンラインソフトテキストエディタの愛好者以外には関係のない話になるが、ちょっとしたTipsをひとつだけ。

miでのHTMLモード時に編集中のHTML書類をWWWブラウザで表示確認するときのショートカットはCommandキー+Rキーだが、デフォルトでSafariによる表示確認のコマンドはない。ショートカットはmiのモードファイルを追加すれば良い。miメニューから「モード設定」ー「HTML」を選択し、表示された「モード "HTML" の設定」ダイアログの「ツール」を呼び出し、新規ツールを追加するだけだ。この追加作業自体はたいしたTipsではなく、ここでくどくどとその手順を説明しても仕方がない。単なるテキストファイルであるモードファイル(miフォルダ内を探してみよう)を直接コピーして少し設定を書き換えることさえ可能でもあるし。覚えておきたいのはこの追加の際にアプリケーションの「クリエータ」を指定する必要がある、ということで、ではSafariのクリエータは何か? と、ここで気づいたわけである。そう「そんなの知らないヨ」と…。結論から言えばそれは「sfri」にほかならない(なんとわかりやすい!)のだが、OSX時代になって「タイプ/クリエータ」を意識する必要がなくなったはずが、こういうときに旧時代の産物が見え隠れする。そういえば、いささか出所不明な映像をどうにかして鑑賞しようと躍起になっているときにも、同じような状況に陥るな。はは

投稿者 kawabata : 02:57 | コメント (0)

2000年05月16日

Mac OSX

今夏の予定が来春。とりあえずベータ版。実際にマシンにインストールされて出回るまで1年と考えていいだろう。

高度で複雑な機能を平易なインターフェースで操作でき、なおかつトラブルシューティングも容易なMacが好まれたのは、仕事に利用するからとはいえ、高度で複雑なシステムが必要なのではなく、仕事だからこそ難解なシステムは避けたいという欲望に基づいていた。

もとよりメカニズムに習熟している向きを対象にしていないMacintoshユーザーをつかまえて、いまさらカーネルがどうのだとか、ジョブがどうたらと教育するのは何かが転倒している。

おそらくMacOS Xがリリースされることを心待ちにしているのは、Macintoshが存在しなくても平気なユーザーであり、それはDOS/Windowsからの移民者かもしれない。むしろワークステーションばりの高機能なOSこそふさわしいと考えているのかもしれない。

さらに言えばひと昔前のユーザーであれば、ちょっとした試練には喜々として立ち向かったかもしれない。しかしそうしたユーザーを育成する努力を放棄して久しい。CodeWarriorは高価としかいいようがないし、HyperCardをわざわざ購入するのはばかげている。増加した初心者はWebやメールを利用するだけで充足している。

おそろしく単純なMacOSが再登場し、非マニアのプロシューマがなだれ込みを見せたとき、提供者はプロ向け・家庭向けという図式を再検討することになるかもしれない。

投稿者 kawabata : 09:15 | コメント (0)

2000年05月10日

生と死

WWDC 2000において、Developer Preview 4の公開予定を控える期待のMac OS X、Apple存続にとってとても大事なOSであることは間違いないだろうし、一日も早く活用してみたいという気持ちもある。

ただ、同時に「Classic」として位置づけられる、現行のMacOSの死を意味することにもなる。むろんその移行は緩やかなものであるかもしれない。しかしメンテナンスモードに入って久しいHyperCardひとつとってみても、それは朽ちていくものでしかない。

そんなものは単なるセンチメンタリズムにすぎないといえばそれまでだが、実際「それ」で充足している場合はどうすればいいのだろう。

こんなことは68KからPowerPCへの変遷の際にもさんざん議論されたことだが、ハードの寿命が尽きているとはいえなかった68Kをしゃぶりつくそうとする向きによって、思いのほか存命してしまった経緯を考えると、現在捨て値で取り引きされているMac OS X動作保証外の「Classic」マックが、瞬間高騰するかもしれない。周辺機器も同様に。

確かにMac OS Xは素晴らしい。しかし大半の人びとは旧OSとの違いを正確に判断することはできない。従来のOSもエミュレーションモードで動作するから問題ないといっても、それはそういうものを望んでいる向きが讃えるだけのことで、新しい複雑になったシステムが一般用途中心のユーザーに必要かどうか。

残念ながらMacintoshというコンピュータはメーカーが望むよりも日持ちしてしまうゆえ、新世代を標榜しながらも常に旧世代との確執が生じてしまう。おそらくそれは今後も続くだろう。たかが機械にすぎないが、「愛着」というのはなかなか放棄できないものだ。そういう作り方、売り方をしているがゆえのユーザーの忠誠度がある。これでは数は売れない。

そして数が売れない程度の企業規模では、旧世代を完全に切り離す荒技を行使するほどの体力もない。そのほうがMac OS Xにとっても足枷がないことは明らかだとしても。

Windowsでは2年ごとのハードの買い換えがなかば強制的に励行されている。これはかつての日本の自動車産業が試みた道だ。余分な愛着を持たなくてすむという点は評価できる。ワタシのような吝嗇には耐えられないことだが。

投稿者 kawabata : 09:12 | コメント (0)

1999年03月30日

セールスポイント

次世代プロセッサG4を搭載するPowerMacintosh(コードネームは「Sawtooh」)ではマルチプロセッサが効果的とのこと。確実に倍数以上のスピード(CPU2つなら二倍以上)が約束されるそうな。

このことによって、Intel(あるいはその互換市場)に実質的なアドバンテージを稼げるかどうかはわからないが、ひとつの好材料ではあるやもしれん。

もちろん、ほとんどのヒトには関係のないハナシ。問題はそうしたごく限られた条件下での「パフォーマンス」が、何かフツーの人びとにまでそれとない影響を与えてしまうこと。「プロフェッショナルユースで鍛えられた云々」とか類する売り文句は色々開発されてきた。

もちろんそれは、コンピュータ自体が軍事技術のデチューン(またはスピンオフ)であることを考えてみても、当然の成り行きではあるなあ。しかし過剰なまでのスペック重視傾向には、いずれ破綻が訪れる。ターボカー全盛が産み出したのは、最高峰のドライビングテクニックを誇るウィザードですらもコントロール不能に陥るモンスターだったことをフォーミュラ関係者はいまだ忘れていないってことだ。

目の覚めるような処理速度とか、使いきれないほどの多機能、新機能といった、一直線のセールスポイントを押し進めている昨今(この場合デザインやら価格で購入を決定する向きはとりあえず除外)、例えば「使いやすさ」なんてのは、やっぱり抽象的なレベルに棚上げされてる。「使いやすい」と感じるポイントは使うヒトによってずれているだろう式の論述がまかりとおっているのが常だ。

Windows95の普及は「使いやすさ」の定義を、より曖昧に広範囲に適用することを許してしまった。Windows95(以降)は、Windows3.1、またはもっと昔のCUIベースのOSよりも使いやすい(そしてやさしい)ことは間違いないが、かといって絶対的にMacintoshよりも使いやすいという言い方は少し誤っている。

しかしながら、Windowsはその多機能さゆえ「便利」だとはいえる。したがって「便利」を中心に「使いやすさ」をとらえるなら、Windowsは使いやすいOSだということになる(ほんとか?)。ほんとか?

また、古来より得意だった分野(テキスト処理、CAD/3D、その他)では、むしろMacintoshは使いにくいともいえる。特にパラメータ入力を頻繁に行なうアプリケーション操作での使いにくさはいかんともしがたい。

それはマウス中心のオペレーションを基準に設計されたOSが「万能」などいうものではなく、単にキーボードと同等の単なる入力装置にすぎないことを証明してしまった。GUIを否定するわけではないが、実際キーボードのショートカットなくしては効率云々を語ることが出来ない以上、やはりMacOSの不備は否めない。

ただしWindowsでの執拗なまでのショートカット(ファイルダイアログでの過剰さを考えてみよう)が最良とは思えない。そこには不足はないが、不要はある。

GUIを導入することによってハードルを低く見せかけたWindowsの功績は認めたいところだが、それはGUIの勝利ではなく、Microsoftの勝利以外の何者でもない。

さて、注意すべきは部分をもって全体を認識してしまうその態度にあり、これが前述の「使いやすさ」の定義を難しいものにしている。プロが使いやすいと感じるポイントが、ことさら過大に評価される傾向は、フォーミュラの技術が一般乗用車にフィードバックされるという神話がいまだコンピュータ世界に根強いせいだろうが、実際はそう一方通行ではなく、ときには逆の現象もありうるということだ(ターボなどは正にそのもの)。

逆に考えれば、グラフィックの分野でのMacintoshの重用(業界標準)に関しても文字通り受け取る必要もない。少なくともアプリケーションの品揃えに関しては両者の間に差はなく、むろん処理速度においては逐一の状況変化(新プロセッサ登場のような)、あるいは個々の購入予算からくるマシンパワーの違いによって明確な差は生まれににくい。より新しいマシンが「絶対的な価値」を持っているだけの話だ。

以前より普及していたゆえのユーザーの絶対数から、たとえば、出力が安定している、あるいは、周囲が同じユーザーであることからの「トラブルシューティングの容易さ」などがアドバンテージとして存在するにすぎない。それは98帝国が築かれた要因でもある。

両者が機能的に似かよっている今、機能的な違いをあげて優位を示すのはあまりに陳腐だ。多機能なMacintoshなどというものはパロディにすら思えてくる。シンプルで使いやすいWindowsとか。

キーボード操作を嫌い、コマンド入力を避けてきた「初心者」が、高度な処理能力を求めるあまり、多機能さや複雑さをいとわないなんてのはまるで滑稽至極。

フォーミュラはヒトが思っている以上に扱いやすいという。炎天下で2時間を超えるスピードレースをこなすには、センシティヴな操安性が好まれるはずもない。しかし、だからといって誰でもが乗りこなせるわけではないのだ。やはり相応のスキル(いやな言葉だ)が必要とされることは言うまでもない。

(自らにとって)必然性のないパフォーマンスを追い求める、あるいは尊重するのは意味がないことに気づいた(またはそんなことはどうでもよい)新規ユーザーの多くが、デザインやコストを重視しているのは必然なのだろう。

そして、真に大事なのは頼れる隣人であり、愛すべき参考書の数。行き先のわからない宇宙船に乗りたくないヒトが増えていることを、送り手はより重要視すべきだ。Jobs氏が強調する「Simple」というフレーズは多くの示唆を含んでいる。

投稿者 kawabata : 15:44 | コメント (0)