2000年08月19日
MIDIファイルの使用料
日本音楽著作権協会(JASRAC)が相当に執拗に著作権利を追求する団体だということは、例えばマンガなどにおいて、わずかな楽曲歌詞を引用した際に、素人には解読不能な著作権番号が枠外に掲示されているといったことからも邪推できる。この判断はマスコミ全般の言葉狩り同様に、神経質すぎはしないかと考えたりもするが、とはいえ権利を要求できるということが法律で保証されている建前上、せいぜいこんなの意味あるのか毒づくぐらいがせいぜいだ。
コナミの闇雲な商標登録活動にも、これに似たニュアンスを感じとれるが、結局、権利を主張し獲得するのは、一個人ではなく、正体不明な何らかの団体組織であり、ある種の無力感でいっぱいになる。Napstarの運用停止を反古にするという名目でハッカーが暴れているのをみて、無関係だが、痛快に思えてしまうのも、こうした無力感の反動からなのだろう。年貢を納めるのは民衆であることをそれこそ反古にできないことを甘受しているからとも言えるが。
ともあれ非商用サイトにおけるMIDIファイルの利用に関して「税金」が正式に適用されるのは間違いない。商用サイトの場合はJASRACの申請が認可されたならば、すぐにでも適用されるようだが、ワタシやアナタが被るであろう租税については2001年4月より適用されることになりそうだ。その料金規定は2002年4月まで有効となる。問題が起こったとしてもそれまでは改訂されることはないとも考えられる。
投稿者 kawabata : 07:02 | コメント (0)
2000年08月11日
キーボードを使ってのブラウザ操作の一例
突然だが、WWWブラウザの使い方についてつまらないことを書いておこう。しかもこれはInternet Explorerを使っているヒトにしか実質上意味がない。さらに設定、操作説明はMac版IE5.0に則している(笑)。条件にそぐわないヒトは読む必要がない。
さて、通常WWWブラウザで表示されるWebページに設定されているURL(Uniform Resource Locator)を参照したいときには、マウスでクリックする場合が多いだろう。ワタシもそうすることが多いのだが、時にはマウスで操作するのが億劫になってしまうことがある。それはFinder操作においても同様だし、テキストエディタ上でも起きうる衝動なのだけれど、Windowsに比して、マウス操作を強要されることの多いMacintoshのプログラミングガイドラインを恨めしく思いつつ、放り投げたい衝動を抑えることが多い。ホイールを装備していないマウスで操作することは少なくとも「操作が簡単だから良い」という範疇に入らない。この点ではホイールがなかば標準化しているWindowsには遠くおよばない。
Netscapeが提供する一連のブラウザでは、もちろん華麗なマウス操作が必須となり、Macintoshをつかっているのだなあという感慨にふけることできる点では他の追随を許さないが、執拗なまでにキーボードのみでのアプリケーション操作にこだわるWindows生え抜きのInternet Explorerでは、このソフトは意外に細かいところがWindowsライクな感触で、前近代的なマウス操作を強いられることが我慢ならないワタシのようなユーザーにはありがたいこともある。
本筋に入ろう。Web画面のスクロールがカーソルキーで行なえることはIE、NC(NN)に共通しているが、Netscapeでは、URL間をキーボード操作によって移動できない。テキストフィールド間を「tab」キーで移動することはできる。IEも標準ではテキストフィールド間を移動するだけだが、URLを「tab」キーで移動する設定に変更することもできる。
設定は簡単だ。IEの「編集」メニューから「初期設定」を呼び出し、表示されたダイアログで左側のスクロールウィンドウ内の「ブラウザの表示設定」を選択し、「[tab]キーの操作」フィールド内の「[tab]キーでページ上の各アイテム間を移動する」をチェックし「OK」ボタンをクリックするだけだ。
これで「tab」で各種URLを移動できるようになる。「マウスクリック」に相当するのは「return」キー。大量のURLが羅列してあり、それを順からクリックしなければならないときにはとても重宝する。なお、逆移動は「shift」+「tab」となる。この設定時のテキストフィールド移動は「option」+「tab」キー。すなわち通常時に「option」+「tab」キーでURLを移動となる。最初からそう書けばいいのだが(笑)。
投稿者 kawabata : 06:56 | コメント (0)
2000年06月14日
作家直送
以前にオンラインで電子書籍「Riding the Bullet」を発表したスティーブン・キングは、「The Plant」(題名は未完)小説を1回1ドル(5000字)で、公式Webを通じて「直販」することについてユーザーに意見を求めているようだ。以前のオンライン小説(50万部)は専門の出版社を経由して供給されたが、今度は、出版社も印刷会社も書店も経由しない。上記のアンケートの結果だけをみると、その小説の配信方法についても、1回1ドルという支払い条件に対しても肯定的にとらえている向きが多い(数取りは4000超程度のアクセス)。この動向の成否いかんは従来の出版事業の存命を大きく左右するだろう。
さて、「Riding the Bullet」は閲覧に際してGlassbookというソフトウェアが必要だったが、Windows版しかなかったので購入は見送った。ここで考えておきたいのは、少なくとも同一言語上で記述されるモノは、いかなるプラットホームでも閲覧できるようなシステムが望まれるということだ(紙以外に印刷された本は読みにくかろう)。ありていに言えばそれはJAVAなのだが、いかんせん不安定要素が多い。独占状態になるよりは2大巨頭体制がよいに決まっている、決まってはいるが、紙のような共通媒体が必要なのだ。
あらゆるプラットホーム上で製品を動かそうとするカプコンのような見識を通底できないならば、PS2上で動作するLinuxをもって無理くり解決するしかない。ハードウェアなど何でもいいのだ。 ちなみにGlassbookは、SoftWindowsを利用してもなお動かないらしい。はは。
(http://www.stephenking.com/)
投稿者 kawabata : 08:38 | コメント (0)
2000年03月03日
同人
コンピュータソフトウェアの<フリーウェア>とか<シェアウェア>がいわゆる「同人」めいたものであるかどうかはともかく、少なくとも「商用ソフトウェア」に対して今でも有効な力を持っていることは、Windowsプラットホームを散見すればあきらかだよなあ。
かゆいところに手が届いているというか、届きすぎな、MP3あるいはCD-Rのエンコーダとか、ある種のダウンロードをとても快適に実行しちゃうステキなプログラムのリリースが頻繁に行なわれている様、または不謹慎このうえないある種のゲームプログラムを見ると、Windowsであるがゆえのデメリットを想起するよりも、なによりうらやましさが先に立つなあ。
やはりこれが「健全」な状態であって、数種の商用ソフトウェアのみで成立せざるをえないプラットホームはワタシにとって「使えない」ものでしかなく、かつてのMacintoshプラットホームにあったPDS全盛期を懐かしく、そしてかなうことがないことは知りつつも今切実に求めてしまう。で、HyperCard云々ってハナシになるのですなあ。
「インディーズ(苦手な表記)」あるいは「サブカル(嫌いな表記)」なんでもいいが、そういう「マイノリティ」が「カウンター」としてではなく文字通り「マイナー」としてのみ存在しているのであれば、それは恐ろしく退屈なモノだ。余計なことを言えば現代美術を見るたび思うことでもあったりするなあ。
「フリー」よりは「シェア」が幅を利かせているWindows世界への非難もあるだろうし、Macにだってイイ感じのプログラムはまだまだ多いという声を言下に否定するつもりはないんだけど、しかし、やっぱりダメだろうなあ。「格好」ばっかりだもの。Macって。誤解を恐れず言うなら単なる「実用」だもの。怪しいとかインチキ臭いとか「暗部」が極端に少なすぎるんですなあ。
互換機否定が前提では「自作」という発想もなく、「利用」する、あるいは「所有」にとどまるのは当然なのだ。それはMacintoshが「コンピュータ応用機器」としての運命を邁進していることを意味する。仕事に使えるという次元での何か「ステキなモノ」はこれからも出るでしょうけどね。それじゃなあ。
結局「リソース」が圧倒的に不足してますね。売るヒトがいくら熱心になっても売るモノがなければどうしようもないなあ。やっぱり厳しい。Jobsだけじゃなあ。
投稿者 kawabata : 13:20 | コメント (0)
1999年04月14日
Freeといったら「無料」。決して「自由」ではない
Windows98のバグフィックス版が89ドル(日本語版はどうなるか)だかで有償配布になる(なるのでは)、という報道を目にした方も多いと思う。
実質的にアップグレードと変わらないこの価格に、相当の抵抗感が発生することは間違いがないところだ。市場シェアを拡大するためにソフトウェアの無料配布を行ない、独占すると同時に課税額を引き上げるという手法はMicrosoftの十八番だが、無頓着なユーザーが多いということ以上の意味は実際ない。
こういう状態に陥ることを懸念する向きはMicrosoftと距離を置いていただろうし、それが予測できないヒトはMicrosoftの提供するコンピュータ世界をさほど抵抗なく受け入れてきたのだろうし。今ごろになって「ハナシが違う」と言っても……ユーザーの期待するような「賢明な処置」をそもそもMicrosoftに期待するのが間違いだと言うことだ。
さらに言うなら、そのことを理解した上でMicrosoft世界の住人になっているヒトを「センスがない」だとか「間違っている」と揶揄することは、これもまた愚かなこと。余計なお世話だ。ときおり過剰な熱烈さをもってこういったことを喧伝するMacユーザーを見受けるが、Appleにしてもそう大差ないことを理解していないと言わざるをえない。
シェアのバランスが著しく片寄った現在をおかしく思うことと、個々のプラットホームの優劣を云々することは区別すべきで、単なる判官びいきに陥るだけだ。Microsoftが広大なMS-DOSシェアを維持するために行なった政策は、ワタシはある意味評価の対象と考える。
少なくともMS-DOSベースでMacintoshのようなユーザーインターフェースを実現することが、まずは無謀な試みなわけだが、その技術は非常に高度な次元が要求され、Microsoftはその点で役不足なだけで、例えばAppleならばもう少しうまくやるだろうが、やはりそれよりもハードウェアから一貫設計するという妥当な選択をしたにすぎない。
Microsoftにしてもまったく一からGUIのOSを設計していれば、現在のWindowsよりもいくぶんか有効なオペレーションシステムを提供できていただろうにと考えているわけだ。WindowsNTはWindows95/98とは別物だが、互換性という呪縛を抱えている領域がある以上、AppleIIと決別したMacとはやはりモノが違う。
ここではOSの優劣をこれ以上私見を述べることはやめておこう。いずれのプラットホームにしても永遠ということはないのだし、いずれはもう少しまともなインテリジェンスを備えた何かがどこかで誕生するだろうから。
さて、コンピュータにとって不可欠なのはもちろんオペレーションシステムソフトウェアだが、附随するアプリケーション、ワタシならAdobe Photoshop、QuarkXPressなどがかくべからざる存在だ。インターネット時代では、これにメールソフト、WWWブラウザなどが加わった。
究極には、すべてのソフトウェアは無償であるべき、とするUNIX文化の主張も大いにわかる。しかしそれはコンピュータ世界の住人として充分な資格を備えた者だけが唱えることができるお題目にすぎない。少なくとも現時点では。
上記の「主要」アプリケーションに関して「低価格」化は強く望むが、ワタシは決して無料化を期待することはない。むろん共通規格が必要な、例えばStuffItのような圧縮/解凍アプリケーションが無料配付される必要はある。しかしそれにしてもあくまで無料/有料の二本立てであって、InernetExplorerのごとき振る舞いと一緒くたにすることもない。
リスクを低減したいのであれば、少なくともメインのアプリケーションくらいには相応の対価を支払うことをいとわない。これが明解だ。少なくともベンダーの振る舞いに対していくばくかの注文をつけたいのであれば。
無償とはいうが、実際どこかで代償を払っているものだ。一個人で作りえるレベルのアプリケーションならばともかく、とてつもない開発費がかかっていると吹聴するようなWWWブラウザが、ほんとにタダだと思ったらどうかしている。無料(あるいは別の理由による)ゆえに膨れ上がったユーザーによるサポートの要求は想像以上に過酷だ。それゆえ別途代償を設定するというベンダーの方便が生まれるということも覚えておこう。
いやならば使わなければいい、というような一方的な切り口上に対して、有効な対抗手段を持ちえないアプリケーションユーザーは普段から自衛の手立てを考えるクセをつけておいたほうがいい。圧倒的なシェアが確立された後では、ユーザーはあまりに無力なのだから。
ホント、ブラウザやらメールぐらい買ったほうがいいと思うよ。バグフィックスぐらいは無償にしてほしいけどさ。