ブラインドタッチ
- 2000年 2月 29日
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… が死語になって久しいが、「タッチタイプ」そのものは依然として大いなるロマンの対象だ。
キーボードを叩くようになって15年ほどはたつだろうか。いまだに少したどたどしい入力を旨とするワタシの周囲には鬼神のごとくキーを連打するタイピストが数多い。
高速な入力はある種の経済性をともなうわけだが、やっかみ混じりに「いやなに文章の内容とは無関係です」とうそぶいていられたのも過去のことになりそうだ。
現在ゲームセンターで稼働中の「ザ タイピング オブ ザ デッド」は、ガンシューティングゲーム「ザ ハウス オブ ザ デッド2」をキーボード対応にアレンジした、アーケード初のタイピングゲーム。
敵に攻撃される前に表示される文字を入力するという、よくある「タイピング修練ゲームソフト」をゲームセンターに持ち込んだわけだが、すでに「学習」の範疇から逸脱したこうした流れが、もはや「目的と手段の転倒」などと言っていられない状況に突入したことを強く感じたりもする。
どんなに早くコマンドを入力しても、アナログの対戦ではなんの役にも立たない。でも役に立たないからいいのだ。とすれば、タイピングで敵を倒すのは2重に意味がなく、それゆえに惹きつけるモノがある。
アウトドア(サッカー部所属クラスの人気者)とインドア(ラムちゃん命のマニア・オタク者)の対峙のみならず、「博士くん」あるいは「○○くん、掃除当番さぼっちゃだめじゃない」とたしなめる学級委員のあのコをも同次元に引き込む、ゲームシミュレーション(そう、すでにゲーム自体をも模倣し始めたのだ)は、巻き込まれたくはないが目をそらすことができない。もはやデジタルとアナログなんて単純な2項対立はどこにも存在しないのだ。