何気ない会話の狭間で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」やら「わらの犬」やら「オールザットジャズ」劇中の印象的なシークエンスをうすぼんやりと思い出したり。思い出してビデオを観返したり。得な資質というのか、数年も経つと映画のストーリーなんてきれいさっぱり忘れてしまう。だから何度でも楽しめる。
最近は仕事で行った北海道の丘陵情景がたびたび思い浮かぶことが多いのだけれど、冷静に考えれば逃げ出したような苦しさがそのほとんどだったはずなのに、むしろ北の国に渡る前にさまざま巡らせた勝手な想像(だだっぴろい牧草地を馬に乗って駆けめぐるとか)や、「動物王国」を通して喚起されたイメージングに驚くほど固執している自分のでたらめな記憶を思い返して苦笑したり。
桜は毎年数カ所で見ることになるが、今年は世田谷区、千代田区、文京区、台東区で散歩+撮影。頭が悪いせいか、植物と鳥の名前がどうしても一定以上覚えられないが、桜だけは「桜」と即断できるのが安心この上ない(「椿」と「牡丹」すら同一視するていたらくなのだから)。
小学生のころから通っている神保町の古書店をいまさらありがたく徘徊し、必要以上に無視していた洋書の類に容易ならぬ関心を持ってみたり。どこも成績不振かプライスオフはなはだしく、たまらない風情のモーターサイクル本が捨て値でおかれているのを見るに、いてもたってもいられなくなったり。手放した「ソロモンの指環」を再度購入せざるをえなかったのも何かスイッチが入ったからなのだろう。
フランシス・フォード・コッポラ監督作品の「秘密の花園」は、英国の地に散見される美しい自然やら、過剰に優しげに可愛らしく描かれる大小の動物たちを堪能したい向きには必見だ。それはムツゴロウさんを疑いつつも求めてやまない、ワタシのようなインチキなメンタリティを満足させる心地よさだが、英国への期待を込めた誤解をここまで率直に開陳したところが気持ちいい。物語原型あるいは原則を踏襲していることを、何か予定調和的または懐古調を、この場合ネガティヴなニュアンスで捉えるのではなく、素直に気持ちよく受け止めることが、より楽しむコツだろう。「トレイン・スポッティング」だってスジだけみたらベタベタでどうしようもない。だけどやはり面白いとしか言いようがない。コレと同じ。
とりとめもない。