旧聞になるが、4月21日に東京・九段で開かれた「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」では、新古書店、マンガ喫茶あたりに圧力をかけていく方策が練られたそうだ。

昨今の「中古」業者の跋扈によって新刊販売が阻害されていることに異議申し立てをという、いささか脊髄反射的な立ち居振る舞いとも思えるが、以前書いたように、再販価格維持精度によって存命している出版界あるいは作家が、例えばゲーム業界と同様の理屈を持ち出すことは少し無理がある。

もちろん寡作ながら優れた作品を生み出している作家の保護といったことも考えられるが、もとよりこうした小品は最初から新刊の現場では冷遇されている、さらには作品が陳列されているマンガ喫茶を探すのは難しい限りだ。

極端に言えば、マンガ喫茶に集うのは、初めからマンガなんてものは読み捨てと考えているヒトか、自分の気に入った作品にはいかなる状況にあっても私財をなげうつような豪毅あふれるヒトであろうし、であるなら中古がなくなれば、読み捨て派はマンガから遠ざかるだろうし、一家に3冊派は高岡書店に出向くだけだ。

読み捨てで充分な作品と見なされているからこそ喫茶店レベルで機能するのだろうし、図書館でファミ通を読むようなものでしかない。

ビニールがけのごとき新刊本のプロテクトを施して、購買者を遠ざけてきた結果にすぎないといっては言いすぎだろうか。中古がなくなれば確実に買う層は減少するだろうし、試用もできないようなソフトウェアの未来が明るいとは思えない。

何度も読み返すような、手元に置いておきたくなるような、いてもたってもいられなくなるような、素晴らしい作品があれば、誰だって買いたくなるだろう。逆に言えば、マンガはそういう役目をとっくに終えているのだ。そこのところをはき違えてしまっては困る。

もちろんだからこそ既得権益を死守しようとするんだろうが。