WWDC 2000において、Developer Preview 4の公開予定を控える期待のMac OS X、Apple存続にとってとても大事なOSであることは間違いないだろうし、一日も早く活用してみたいという気持ちもある。
ただ、同時に「Classic」として位置づけられる、現行のMacOSの死を意味することにもなる。むろんその移行は緩やかなものであるかもしれない。しかしメンテナンスモードに入って久しいHyperCardひとつとってみても、それは朽ちていくものでしかない。
そんなものは単なるセンチメンタリズムにすぎないといえばそれまでだが、実際「それ」で充足している場合はどうすればいいのだろう。
こんなことは68KからPowerPCへの変遷の際にもさんざん議論されたことだが、ハードの寿命が尽きているとはいえなかった68Kをしゃぶりつくそうとする向きによって、思いのほか存命してしまった経緯を考えると、現在捨て値で取り引きされているMac OS X動作保証外の「Classic」マックが、瞬間高騰するかもしれない。周辺機器も同様に。
確かにMac OS Xは素晴らしい。しかし大半の人びとは旧OSとの違いを正確に判断することはできない。従来のOSもエミュレーションモードで動作するから問題ないといっても、それはそういうものを望んでいる向きが讃えるだけのことで、新しい複雑になったシステムが一般用途中心のユーザーに必要かどうか。
残念ながらMacintoshというコンピュータはメーカーが望むよりも日持ちしてしまうゆえ、新世代を標榜しながらも常に旧世代との確執が生じてしまう。おそらくそれは今後も続くだろう。たかが機械にすぎないが、「愛着」というのはなかなか放棄できないものだ。そういう作り方、売り方をしているがゆえのユーザーの忠誠度がある。これでは数は売れない。
そして数が売れない程度の企業規模では、旧世代を完全に切り離す荒技を行使するほどの体力もない。そのほうがMac OS Xにとっても足枷がないことは明らかだとしても。
Windowsでは2年ごとのハードの買い換えがなかば強制的に励行されている。これはかつての日本の自動車産業が試みた道だ。余分な愛着を持たなくてすむという点は評価できる。ワタシのような吝嗇には耐えられないことだが。