気がつくのがちと遅かったが、「聖ミカエラ?」の月蝕歌劇団が怪作「家畜人ヤプー」の舞台をやっている(真っ最中)。
「血糊と蝋燭と女子校生」を主軸にした高取英解釈の「ヤプー」か……「ウテナ」であれば、セラミュー(セーラームーンミュージカル)同様だと揶揄されてもよかろうが、ヤプーはどうだろう。正直言って検討がつかない。心配なだけだ。
それはそれとして、寺山修司「天井桟敷」からシーザー「演劇実験室◎万有引力」あたりを信奉する心性は根強いものがある(月蝕歌劇団はアングラですらないという意見はこの場合度外視)が、すでにカウンター足り得ないサブカルチャーは単なる2軍にすぎないことを証明している一例といえる。
かつてはなんかしらかの革命であったのかもしれないが、今日においては「常道」になっていることに気がついていない蒙昧さ(ノスタルジーであることを認める場合は例外)。果ては「ウテナ」的なるものが、ロックコンサートで振り上げた拳同様、単なるパロディにすぎないことを分かろうともしない「熱っぽさ」さがうとましい。
乱暴だが、こういう感想を漏らさずにいられないのが、昨今のサブカルチャーなるもので、マイノリティであるがゆえに信奉する向きの絶えないこと。それは大多数であるがゆえに支持する心性とさほど変わりない。
アンダーグラウンドを支持しがちなワタシだが、別にマイナーであることが大事なのではない。そりゃ人様の知らないなにがしかを自慢するってのはOTOKUかもしれないが。