20年ぐらい前だかにイタリアのランボルギーニがチタニウム合金製のフレームをベースに、同じイタリアのカンパニョーロ中心のパーツ構成でロードレーサーを作り、価格は確か100万円ぐらいだったと思うけど、その価格以上に当時自分にとって身近だった自転車の世界でも夢の「チタニウム」が使われるんだなという感慨があったりしたことが、今でも記憶に残っていたりする。
そこから記憶をたどると、やはり自分に関係が深かったモーターサイクルトライアルの世界でも、またもイタリアのベータ・モーターが発売したトライアル車の各パーツを固定するボルトがチタンとなり、その時点でも高価な「部品」だったので、垂涎至極、またイタリアのメーカーは究極を目指すのだねと関心もした。
その後マフラーのサイレンサー(消音器)にチタンが使われるあたりから、ワタシにとってもほとんど当たり前の素材になってしまったチタンであり、眼鏡のフレームがチタン製であることがステイタスにもならない今日においてその立場は微妙だ。こんな風にとらえていた。
カーボンを利用した「釣り竿」が登場したのは、やはり20年以上前だったように、元来、趣味の世界では「経済性」を度外視した開発が当たり前。経済性を最大限に無視することが出来る軍事利用はともかく、プロとアマチュアの探す区内趣味分野に置いては、その熾烈さは門外漢の及ぶところではない。
パソコン(狭義にはこの場合インターネットと言ってもよい)の世界で初めて「趣味」らしき領域に踏み込んだヒトたちはともかく、横並びのハード優先分野にとっくに足をつっこんでいるヒトにとって「チタン」は本当に魅力的なものなのだろうか? 結局釣り竿やゴルフクラブがカーボンであったりするのは、マーケットの大きさに他ならないことは確かではあるけど、いまさらチタンでは夢の置き所がないような気もする。
そして、チタニウムを使っているにも関わらず、「軽い」とは言えないというのも、これまた自転車の(それもまた旧い)例で恐縮だが、はじめてアルミ軽合金をフレームに使ったメーカーの製品(アランだったか、プジョーだったか)は、鉄フレームよりも重かった。それはもちろん強度不足を補うための肉厚だったろうが、今回のPowerBookにはそういった字足らずの感がある。
それは液晶パネル部分薄さを固持することに機能しただけではないだろうが、少し後進した採用法だと思う。「チタン」という軽量かつ高剛性を単なる販売上の麗句になり下げるあたりが苦手な風情だ。チタン採用がどの程度コストに反映しているのかは知る由もないが、ここで何度も書いているように、ワタシは「薄く」「小さく」といったフレーズにはあまり関心がわかないので、指より薄いことを示威するためのチタンなのであったら、必要ないかもしれない。いっそケプラーとか使ってくれたほうが冗談としては気が利いている。
と、以上述べたことや、デザイン上の妥協・転向点を除けば、存外イイ製品だと思う。見方を変えれば、AppleやPowerBookという存在に過剰な期待を持たざるを得ない向き以外の「素直」なユーザーを増やし続けることも、またひとつの戦略ではあるだろうし、少なくともすでに酔狂だけではやっていられないと判断した頭目と運命を共にするしかない。やはりApple教なのだなあ。ヤレヤレ。