カテゴリー : Comic/Animation

レース鳩 0777(アラシ)

秋田書店版をサイズ拡大復刻。全14巻の7冊セット販売。7,000円。未来書房というところの通信販売のみってのはなぜ? 欲しいけどサイトがなくなってるのか…移転先を突き止めた! でも相変わらずぁゃιぃ…とても注文する気になれないヨ…全然別のサイト(凸版がからんでるのだな)を発見。1冊400円か、ううむ。そういえば「ボクの動物園日記」も欠落巻があるんだよな…きりがない(LINK

サイクル野郎

青林堂系オンデマンド印刷(青林堂B.O.Dリバースコミックス)で復刻! つーことを知った。ぜひとも入手したい作品。全37巻だと25,160円 。何巻まで手元にあったかな……よし19巻から37巻を何とかすればよいのだな。1冊680円×19冊=12,920円。何とかなりそうだ。にしても庄司センセイが元気そうなのがなんだかうれしい。

LINK

サイクル野郎

青林堂系オンデマンド印刷(青林堂B.O.Dリバースコミックス)で復刻! つーことを知った。ぜひとも入手したい作品。全37巻だと25,160円 。何巻まで手元にあったかな……よし19巻から37巻を何とかすればよいのだな。1冊680円×19冊=12,920円。何とかなりそうだ。にしても庄司センセイが元気そうなのがなんだかうれしい。 (LINK

「猫の恩返し」

世評はまったく知り得ないが、これは観ておく価値のある作品だ。静止画で見る限りではまったく魅力を感じ得ないキャラクターデザインが、アニメーションではなんと映えることか! このキャラクターデザインの方向性で、ジブリの伝統的な、つまりは東映長編の流れをくむデザインを凌駕するとき、いわば単なる1枚絵をも魅力的なイラストレーションとして完成できたころ、少なくとも絵的には過去のあまりに偉大な業績(ワンパターンと置き換えてもいい)からの脱却をはかることが出来る。ディズニーは早い段階でそれをなしえたが、残念ながら「魅力的なデザイン」には少し遠いように思える。ジブリにはその轍を踏まないで欲しいものだ。なお、静止画云々というくだりの意味はエンディングロールで明解である。

ハンドルネーム

「銃夢」ってマンガをもって名声を、「龍河銃夢」のハンドルをめぐって悪名を、高めておとしめた木城ゆきと先生のサイトが休止中。
「龍河氏へのハンドルネーム不使用要求」をめぐる、ことの詳細は検索エンジンで調べればいくらでも出てくるので省略。
編集者というフィルターを通すことのない、作家が「自分の声」を伝達する手段としては「最良」であったコンピュータネットワークが、ここではむしろ逆のベクトルとして働いた。本来は社会を逸脱することによって作家性を保持するというスジにしたがえば、木城先生のこうした課外活動と作品表現は別個に考えるべきだが、昨今の世間はそうさせてはくれない。むしろ作家に公人としての振る舞いを要求する。厳密に言えば作家と作品を同一視する向きならばということだ。
個人的には、「ハンドル」という文法の成立経緯も考慮できなかった木城先生のうかつさを嘲笑してはいたが、不用意この上ない行動によってフォロワーが減少したことが、今後の作家活動に影響しないといいのだがとも考えている。
作家が「良識」をもっていることは担当編集者にとっても、取材をするワタシのような者にも大変ありがたいことだが、やはり大事なのは作品自体であり、そこのところが逆転しているケースも少なくない。
エキセントリックであったことが問題なのではなく、エキセントリックさを許容しない社会にアクセスした行為が誤りだったことを考えておこう。そんなことにかまけているヒマがあったら、作品を作っていたほうがましという心性を大事にしたい。
第一そこいらの御仁と同じメンタリティしか持ちえない作家の「作品」なんて退屈なだけだ。

宇宙戦艦ヤマト

このところ個人的にもセンチメンタルに暴走しているが、それはさておき、「松本零士」に対する世間の期待も「ロマンチシズム」を飛び越えて相当に「センチメンタリズム」めいたモノに傾斜している。「新・宇宙戦艦ヤマト(正式タイトルは失念)」を望む向きが実際どの程度なのかはわからないが、松本氏が敷衍した「スターシステム」がこれだけ「伝承」された昨今、「インチキなモノ」よりも「まし」かもしれないが、もはや「本家」は必要はないのではないか。

ただし、松本作品に通底する「いかほどにテクノロジーが進化し、人々をとりまく環境が変化したとしても、日常生活におけるアナログ性は普遍」という骨子は、まだ充分に光を放ち得る。「SF四畳半主義」とでもいうべきか。経済性と言い換えてもいいが、デジタルのオブセッションが強くなれば、それだけ復古(この場合アナログへの傾斜)への憧憬があからさまになる。もっといえば、ことさら声高に叫ばなくとも、勝手にそうなっていく。「本当」に必要なモノは残っていく。継続していく。あるいは復活する。

問題なのは、同時に、本当に必要のないモノも「復古」してしまう、または、重要なオブジェクトが内包されているのにも関わらず、現状に則した「改良」が施されていない「単なる再生産」が横行することで、これを享受する側が個々に判断しなければならない。

仮に「新・宇宙海賊キャプテンハーロック」が再生されたとして、大事なのは、戦闘中ですらプラモデルを作っている<ヤッタラン>の振る舞いであって、もはやセンチメンタリズムに他ならない<ハーロック>というブランドそのものではない。

TOP