ネコネコ大行進

ご存じの諸兄には耳タコだが、東京日比谷公園には被写体としてのネコが多く生息している。氷点下を記録するほどの厳冬下でもしぶといぞ、彼(彼女)らは! で、帝国ホテル対面の日比谷公園の入り口に隣接している日比谷花壇(表記が正しいかわからない)裏手に、かなりシャッター音に慣れた3匹の黒猫(まだ中供サイズ)が大行進だ。

イケ面なのは言うまでもなく、古参のネコたちのように「傷アト」もない。かなりチャンスだ。ちなみに黒い被写体が画面の大部分を占めるとき、機種にもよるが、AEが誤作動しやすい。特にポジで撮るなら、補正が必要なことを付け加えておこう(マイナス補正だよ)。

レンジファインダーの興隆

以下、写真を撮ることよりカメラを操作することが好きな場合には当てはまりません。

20日に発表されたBESSA-R、また35ミリレンジファインダーカメラ(距離計連動式カメラ)の新式が登場したわけだけど、昨今のこの流れはどうだろう。

「カメラ年鑑」を横目で見れば、ライカM型をのぞく、そのほとんどが1眼レフというのが数年来の常識、もう少し言うなら、35ミリカメラでの技術的興味関心は1眼レフ、そしてオートフォーカスを中心とした「自動化」にあった。

プロあるいはハイアマチュア向けとして、目的別に特化した製品を出しやすい中判以上のカメラ市場ならばともかく、どちらかといえば、利便性のみを追求することに終始してきた35ミリにおいてのこの変化は? 乱暴に、プチ「印象派」指向とでも言ってみることにしよう。

メカニカルだとか、マニュアルだとか、数年頻繁にカメラ誌上で用いられるタームはすべて同じ根底に支えられている。「撮らされる」のではなく「撮る」ということらしい。「手ワザ」を感じさせる「写真」がいいらしい。しかしよく考えてみよう。いずれにしても、機械が介在していることに違いはなかろう。

「シャッターチャンス」「構図」「明暗」この3要素が、写真を構成している。そして、機械が助けてくれるとしても、その割合は高くはない。

この伝に従うと「何で撮ってもよい」となる。「画質」の差こそあるだろうけどね。だから全自動カメラで撮っても主体は撮影者にある。撮影条件によっては自動ってのがダメなのはわかるけど、かといってマニュアルがすべてではないわけだしね。「偶然性」「一回性」は全自動であっても発生するはず。

写真の「質」を「画質」と言い換えることによって拡充してきたのはテクノロジーの方便にすぎない。「だれでもキレイな写真が撮れる」云々。その流れがほぼ高度を達成し、確かに誰でも写真は「撮れる」ようになった。で、あるなら、次はそのテクノロジーを土台にして、質を求め工夫すればいいんじゃないかというと、実際はそうなっていない。

だって撮るのが難しい時代のカメラに逆行しているんだもの。それで「シャッターチャンス」「構図」「明暗」には相変わらず注視しないんだもの。それじゃあ繰り返しじゃん。

レンジファインダーはスナップには最適っていうけどホントにそうかな?

木村伊兵衛氏が、ライカあるいはレンジファインダーニコンを使っていたからっていうのを根拠にはできないぞ。あの時代の信頼できるメカニズムとしてレンジファインダーを使っていた、最新のメカニズムを信奉するというプロフェッショナルユースに忠実だったってことじゃないかと思う。

ニコンFだってそう。壊れないカメラがほかになかったからじゃないの?

ある種の制限が「作品」制作上で功を奏するってのは、確かにあるとは思うけど。結局マニュアル、メカニカルってのが実は「面倒」だし、実際は撮るのが「難しい」ってことを知らない世代が購買層になっているだけ。音楽と一緒。

今を否定することが過去も否定することだってことは開発者なら自明。だから過去の再生産は苦しい。だったらライカみたいに同じの作ってりゃよかったのにねえ。そのライカにしたって本当に売りたいのはRタイプ(一眼レフ)だろうけど。

どうせなら組立暗箱までいけば「手作り」感は増すと思うがどうだろう。現像もプリントもやってみようゼ。でも、そこまではいかない。みんな「管理された安全な自然」が好きだから。楽はしたい。
ワタシだったらもっと楽なほうがいいなあ。「一回性」なんてクソくらえだ(失礼)。

同様に考えているヒトはみんなデジタルにいってるし、プロフェッショナルユースは間違いなくデジタルに移行している。やっぱり失敗できないからね。

で、「プロが使っているから」をお題目にデジタルにみんな移行するかなあ。ワタシが関心があるのはその辺ですね。写真学校での教え方も気になるなあ。

蛇足→スクリーントーンだってデジタルみたいなもんでしょ。で「削り」が「工夫」にあたるわな。大事なのは「デジタル」における「偶然性の埋め込み」なのだ。単なる過去の援用じゃあ芸がないよ。

インテンスクリーン

Nikon F-801Sには「2絞り分明るくなる」が謳い文句のインテンスクリーン(方眼マット)を装着している。F-801Sのスクリーンは平均よりも暗いので、コレはとても有効なのだが、反面、方眼線が太くて目ざわり感が高く、またF3やF4純正スクリーンと比べてもピントの山がつかみづらい。とはいえ、開放値がさほど明るくないレンズを多用する身としては、このファインダーの明るさは捨てがたく悩むところだ。ちなみに、現行1眼レフではペンタックスLXのファインダーあたりが、純正ファインダーとして最高の部類に入ると考えています。
[追記]
開放f値が1.4を超えるような明るいレンズを常用するボディでは、インテンスクリーンを使用しないほうが良いかもしれない。ボディ測光でない機種の場合、TTL測光は概ねスクリーン上の明るさを計ることになるので、インテンスクリーン装着状態では正確さを失うことになるからだ。

でかいカメラ

全高の高いカメラボディは、ワタシの手にはしっくりくるし、重量がブレをある程度防いでくれる。反面、ファインダーを覗いているとき吐く息でボディに水滴がついてしまうのが難点。やっぱり携行性も含めてコンパクトなボディが外では活躍する。というわけで、最近は仕事で使うNikon F-801Sで動物撮りも。ちなみに、カメラボディとモータードライブが分離できる機種の場合、水滴がモータードライブとの接合部につくことによって、何らかのトラブルが発生してもおかしくないと考えておきましょう。

材質

ドラマや映画の登場人物がカメラを持っているのも時代の趨勢か。構えがしっかりしているモノは少ない(GTO映画版ほか多数)。さておき、「金属製のカメラは冬冷たい」ってことを最近思い出しつつあったり。極寒の渦中、フィルムが凍ったりするほど低温度になってしまうから、少しでも電池の使うカメラは「ヒーター」つけたりするわけで、樹脂でおおわれたカメラの利便性をやはりありがたいと感じます(F-1よりもT90のほうが低温特性は上ってハナシ)。F3よりF4の優れている点はそこだ。しかし決してドラマに登場することはない。いんちきな回顧信仰は反動であって、保守ではない。関係ありそうだが、iMacのとっ手がとれてしまうのはいやな符合だ。

光を読む

太陽を背中にしょって撮影する順光撮影は、記念撮影(あるいは証拠撮影)的用途ならともかく、立体的に写真撮影することはできないので、できるだけ避けてみよう。完全逆光での撮影はカメラの露出計、そしてレンズの性能によって出来上がりが左右されるので、これも難しい。したがって斜めから光が入る「斜光」条件での撮影に挑戦してみよう。フジカラー「スペリア」のCM中に登場する写真は大いに参考になる。
[追記]
例外的に順光撮影が良い場合もある。コーティングが不十分でフレアが強く出るレンズの場合、逆光撮影は非常に難しい結果となりやすい。斜光においても十全な「遮光」が施されていないと逆光と同じく厳しい。ただ、そのあたりの特性をうまくつかんで撮影することも醍醐味ではある。遠景は斜光でありつつも、近景に大きな影(たとえば樹木の影に自らが入る)を配置するといった工夫も考えられる。

カメラ3

再三取り上げているフォクトレンダーの単体露出計が発売される日だよと思って、上野のヨドバシカメラに行くも残念ながら現物をおがめなくて消沈。財布も軽いのでまあいいかと、そこらにあるカメラをいじくる。
ビギナー向けとされているEOSKissクラスのいくつかを触ったりするわけだけど、どれもミラーショックが少なく、ピントの合焦(ごうしょう)スピードもまずまずで、たいていの場合、露出も合格点をあげられるであろうから、まずすごいことになっているなと考える。
ただ、あいかわらず各種の情報表示の認識、操作のたぐいは大変やりづらい。液晶のほうがコスト的にもいいんだろうが、パッと見て理解できるモノは少ない。ということは、しばらく使わないと操作方法を忘れてしまうということだ。つまるところほとんどの場合がWindwsのインターフェース(そして最近のMacOSも)と同様といえるだろう。
一般に初級機と言われる機種を使う平均的なユーザーは、プログラムモードのオートフォーカスで使用するのだから、フィルムの巻き上げ巻き戻しあたりの動作がわかりやすければそれでいい、みたいなメーカーの考え方が透けて見えるような作りといっては乱暴だろうか。
マニュアルカメラの復興は結局のところ、手動のカメラは何も考えずに使えば全然写真にならないけど、自動のカメラを手動で動かすよりはわかりやすい、こういう選択をしているヒトが増えたということなんだろう。
結局、インターフェースが統一されているのはコンタックスぐらいだ。象徴的だ。

カメラ2

ある時期、美術出版社内ではコンタックスユーザーとニコンユーザーで勢力を二分していた時期がある。ワタシは、ペンタックスとキヤノンを併用していたが、2大勢力のいずれかにくみしたほうがレンズを借りたり何かと便利かなと思い、どちらにするか真剣に悩んでみた。
美術系の撮影では美術館や画廊での作品展示風景を撮影することも多く、レンズに求められるものは「解像力」となる、ペンタックスやキヤノンがけして劣るとは言わないが、ニコンの一部のレンズの恥知らずな解像力はやはり使ってみたいと思わせた。
いっぽうコンタックスといえば、それは精妙なトーン再現が国産レンズをはるかに凌駕し、カラーバランスも絶妙で、当時美術手帖の伊藤編集長から数回167MTを借用し、プラナー系のすばらしい描写力にうなったりもした。
ただ、今も言えることだが、重たいツァィスレンズを生かし切れるボディが少ないのがコンタックスの弱点でもあり、またときおり必要になる自動露出が、たとえばニコンあたりと比べると精度が甘い。とくにストロボを使った自動露出制御に関しては現行のキカイでもけっこうきびしい。
カラーネガ使用を前提にしているのであればそれも許容範囲だが、ポジ(リバーサルフィルム)の場合、内蔵露出計を信用すると致命的なミスを犯すこともあり、くわえてボディの強度も物足りなく、といってRTSIIIを複数台購入するのもつらい。
で、当時はニコンの軍門に下ったわけだが、今あらためて考えてみると、RTSIIIにしとけばよかったかなとも思う。どうやら当時考えられていたよりもはるかに堅牢なキカイだということが、最近幾人かの知人のカメラマンから伝わってきたからだ。ファインダーの作りもいいし。
逆にF4の耐久性のなさにあきれはて、F3Pに逆戻り、それもまた手放して結局F801Sを使っているわけだから、すで耐久性がどうという次元ではなくなっている。
一般にはF3系は耐久性に優れているとされているが、シャッターをのぞけばキヤノンNewF-1のほうが信頼性があるように思える(F3T、F3Pなどチタンカバーのボディは別)。しかしNewF-1の生産中止によって単純に比較もできなくなった。
個人的にはマニュアル機ではペンタックスのLXがかなり満足できる強度を持っていると感じたが、マニュアルレンズの縮小にともない、これもまたオートフォーカスレンズとのバランスの悪さが目立つようになり、結局は手放してしまった。
シャッターの感触ではオリンパスのOM-4もいまだ捨てがたいが、やはり肝心の強度が不足している。ちなみにニコンのFAのシャッターも、感触は最高だが、強度はあまりない。中古を買うときは注意が必要だ。
コンタックスにハナシを戻すと、仕事ではニコンなりキャノンを使うとして、個人的な使用ではツァィスレンズを使いたい欲求が高くなるいっぽうなので、RTSIIIはいずれ何とかするとして、とりあえずワタシもAriaを射程に入れてみようと考えている……早晩ではないけれど。
レンズはもちろんマクロプラナー100ミリ……やっぱり仕事から頭が離れていないか(笑)。

カメラ雑考

200万画素のデジカメが2000年には広大なシェアを持ち得る、しかも業務の分野においてもデジタルの本格普及が……という予測が成り立つほど、デジカメは普及してきている。
まず最初のハードルだった「解像力」に関して、確かにサービス判程度のプリント上で破綻のない品質になっているし、価格にしてもこなれてきていることは確かだ。高級コンパクトカメラを買う感覚とそう違わない。
プリント時のサービスが整わない(デジタルにおいても最終的には自分でプリントするヒトは少数派になると思う)現在では、いまひとつ銀塩の明快さに及ばないが、大きな問題ではないはず。
レンズ付きフィルムやコンパクトカメラを愛用しているヒトにとっては、銀塩写真にこだわる必要はなくなる時代がやってくる。別段、彼(彼女)らはカメラが好きなわけではないのだから。きれいな写真が獲得できればそれでいいんじゃないか。
カメラも好きなヒトには、すでに銀塩写真用の機材に関しても不満が多いのに、ましてやデジカメは……。EOSの最大の欠点は持ったときの質感がチャチなところ。値段に見合った質感を備えていない。業務用の機材としては今でも最高峰のレベルにあるけど、その点でカメラ愛好家には実はさほどの魅力はないのだと思う(レンズはまた別の話)。
新品のときはいいけど、使い込んでいくと相応にみすぼらしくなってしまう日本の工業デザインの欠陥を見事に踏襲しているということ。これは単に外装にプラスティックを使っていることも関係あるけど、たぶんそれだけではない何かがあるんだろう。だってEOSデザインの原型になったキヤノンT90(ルイジコラーニ)はぼろくなっても意外にいい味あるもんな。ていうかあの曲面を金属で作るのは無理だからプラってことになってるんだろうけど。
実はプラスティック外装は金属外装よりも温度が下がりにくいので厳寒下でもフィルムが凍ったりしないし、その分軽いから実用的なんだけどね。強度はあるわけだし。売れないカメラは作らない、技術重視のキヤノンらしい選択(笑)。
だからキヤノン的な方向性のデジカメが普及して、いずれプロの多くが使うようになるだろうことは間違いない。そのほうが実用的だし。カメラが好きなんてのは主客が転倒していることは自明なわけだけど、そういう金属執着系のヒトが満足できるデジカメはたぶんすっごく後になって登場することになるんじゃないか。
今10代20代のコが70年代80年代ぐらいのカメラに関心があるのは、回帰ムーブメントが作用しているだけで、一時的な現象と考えることもできる。やっぱり扱いが大変だ、古いカメラは。だから若い女の子がニコンFやらオリンパスOM-1やらを首からぶら下げているのを見て、それを本筋だと判断するのは危ない。
ニコンはF3を作り続けているから偉いとは思うけど、もう魅力的なレンズがないし、あるとしても最新のボディじゃないと不便だったりするわけで、結局不満はあるけどEOSってことになるんだろう。つまるところカメラではなくレンズが重要。
だから最新のボディに古いレンズをうまく組み合わせるのがいいんじゃないかと。露出情報なんかは連動しないことも多いんで露出計は必須だけど。
まとまりがなくてゴメン。

取材撮影

完全に仕事モードに突入し、余剰の着想をネットワーク上でほとんど公開できない状態。で、今回の色彩王国3では取材での撮影が大幅に増えたこともあって、ときおり脳裏をかすめるのは撮影機材の拡充をどう計るか(笑)。
以前確保していた機材はすっかり手放していた上、現在の財政ではいっきに必要な機材を揃えるのは難しい。で、取材に行くたびに不足不満点を少しずつ解消するというていたらく。
だからあがったポジは取材後半のものほどイイモノになっている(とほほ)。現在満足度70パーセント。とりあえず直前の取材(小島文美先生)での手元撮影を振り返ってみる。ま、以下のような状況で撮影するわけです。
ライティングは作家が右利きの場合、机の左斜め前にスペースがあればスタンドを立て、アンブレラなりライトバンクなりでやわらげた光を回すのが理想(これで筆先から手首側に陰が落ちる)だが、今回の場合、部屋の左隅に机がくっついているのでそれができない状況。で、しかたなく作家の背後に立てたスタンド+グリップストロボ(GN56)を前方に向かって天井バウンス(1/2発光)。
で、それだけだと光量的にちょっと厳しかったので、作家の左背後に立った状態で、撮影者の左側にスタンドをもうひとつスタンドを立てるスペースはないので、撮影カメラのホットシューに直接続したクリップオンストロボ(35ミリ時GN36)を、机左側の壁にバウンス(1/4発光・ズームヘッドは50ミリに設定)の2灯発光と相成った。それでもシャッターは1/60秒、絞りf5.6ってところ。レンズは90ミリ。
ちなみに天井バウンスのストロボはAC電源。クリップオンは単三アルカリ4本(積層パックを忘れた)。したがってチャージの時間を短縮するためそれぞれ光量を少しずつ落としている。左からのバウンス光は強すぎるとカゲが強くなる(カゲが2重になる)ので、あくまでも天井バウンスのカゲを弱めるためだけに使用してみた。
問題になったのは、撮影カメラのホットシューに接続したクリップオンストロボを左側の壁にバウンスさせたとき、そのカメラ位置の移動によってバウンス角度のずれによって被写体にうまく光が回らないということ。
実際上がりを見てみるとクローズアップのため身を乗り出して近づいたカットが露出不足に。この場合、左壁バウンスの光があさっての方向にいってしまったということになる。つーことは1/4発光でもけっこう影響あるな、ということになる。
もう一度同じ条件下で撮影しなければならないので、今度は机の左隅に小さいスタンドを立ててみようと考えた。具体的にはライツのミニ三脚にストロボ、発光部にルミクエストのディフューザー(ソフトボックス)を装着するつもり。ちょっとまぶしいかな。
ついでにストロボ同調器も用意してうっとうしいシンクロケーブルなしで撮影しようと考えたりして。ただ、買った同調器が光の検知部がストロボ装着状態で発光部と逆を向く、つまり壁側になってしまうので、机の左前に配置するストロボの背後にレフ板なり白い反射面が必要になる。なんか面倒かもしれん。
撮影は大変です。

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