Windows98のバグフィックス版が89ドル(日本語版はどうなるか)だかで有償配布になる(なるのでは)、という報道を目にした方も多いと思う。
実質的にアップグレードと変わらないこの価格に、相当の抵抗感が発生することは間違いがないところだ。市場シェアを拡大するためにソフトウェアの無料配布を行ない、独占すると同時に課税額を引き上げるという手法はMicrosoftの十八番だが、無頓着なユーザーが多いということ以上の意味は実際ない。
こういう状態に陥ることを懸念する向きはMicrosoftと距離を置いていただろうし、それが予測できないヒトはMicrosoftの提供するコンピュータ世界をさほど抵抗なく受け入れてきたのだろうし。今ごろになって「ハナシが違う」と言っても……ユーザーの期待するような「賢明な処置」をそもそもMicrosoftに期待するのが間違いだと言うことだ。
さらに言うなら、そのことを理解した上でMicrosoft世界の住人になっているヒトを「センスがない」だとか「間違っている」と揶揄することは、これもまた愚かなこと。余計なお世話だ。ときおり過剰な熱烈さをもってこういったことを喧伝するMacユーザーを見受けるが、Appleにしてもそう大差ないことを理解していないと言わざるをえない。
シェアのバランスが著しく片寄った現在をおかしく思うことと、個々のプラットホームの優劣を云々することは区別すべきで、単なる判官びいきに陥るだけだ。Microsoftが広大なMS-DOSシェアを維持するために行なった政策は、ワタシはある意味評価の対象と考える。
少なくともMS-DOSベースでMacintoshのようなユーザーインターフェースを実現することが、まずは無謀な試みなわけだが、その技術は非常に高度な次元が要求され、Microsoftはその点で役不足なだけで、例えばAppleならばもう少しうまくやるだろうが、やはりそれよりもハードウェアから一貫設計するという妥当な選択をしたにすぎない。
Microsoftにしてもまったく一からGUIのOSを設計していれば、現在のWindowsよりもいくぶんか有効なオペレーションシステムを提供できていただろうにと考えているわけだ。WindowsNTはWindows95/98とは別物だが、互換性という呪縛を抱えている領域がある以上、AppleIIと決別したMacとはやはりモノが違う。
ここではOSの優劣をこれ以上私見を述べることはやめておこう。いずれのプラットホームにしても永遠ということはないのだし、いずれはもう少しまともなインテリジェンスを備えた何かがどこかで誕生するだろうから。
さて、コンピュータにとって不可欠なのはもちろんオペレーションシステムソフトウェアだが、附随するアプリケーション、ワタシならAdobe Photoshop、QuarkXPressなどがかくべからざる存在だ。インターネット時代では、これにメールソフト、WWWブラウザなどが加わった。
究極には、すべてのソフトウェアは無償であるべき、とするUNIX文化の主張も大いにわかる。しかしそれはコンピュータ世界の住人として充分な資格を備えた者だけが唱えることができるお題目にすぎない。少なくとも現時点では。
上記の「主要」アプリケーションに関して「低価格」化は強く望むが、ワタシは決して無料化を期待することはない。むろん共通規格が必要な、例えばStuffItのような圧縮/解凍アプリケーションが無料配付される必要はある。しかしそれにしてもあくまで無料/有料の二本立てであって、InernetExplorerのごとき振る舞いと一緒くたにすることもない。
リスクを低減したいのであれば、少なくともメインのアプリケーションくらいには相応の対価を支払うことをいとわない。これが明解だ。少なくともベンダーの振る舞いに対していくばくかの注文をつけたいのであれば。
無償とはいうが、実際どこかで代償を払っているものだ。一個人で作りえるレベルのアプリケーションならばともかく、とてつもない開発費がかかっていると吹聴するようなWWWブラウザが、ほんとにタダだと思ったらどうかしている。無料(あるいは別の理由による)ゆえに膨れ上がったユーザーによるサポートの要求は想像以上に過酷だ。それゆえ別途代償を設定するというベンダーの方便が生まれるということも覚えておこう。
いやならば使わなければいい、というような一方的な切り口上に対して、有効な対抗手段を持ちえないアプリケーションユーザーは普段から自衛の手立てを考えるクセをつけておいたほうがいい。圧倒的なシェアが確立された後では、ユーザーはあまりに無力なのだから。
ホント、ブラウザやらメールぐらい買ったほうがいいと思うよ。バグフィックスぐらいは無償にしてほしいけどさ。