中古コンピュータ
- 2000年 8月 28日
- カテゴリー : Apple_Hardware
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長年酷使してきたHEWLETT PACKARDのDeskWriter(無印)のインクジェットが入手困難になった(と思いこんでいた)ので、代替機を中古屋で物色、もとよりMacintosh用プリンタの中古、それもまとまった数の在庫となるソフマップぐらいにしかないので、ひさしぶりに日参することになり、ついでに他のモノも物色したが、ほんの数年前の周辺機器はどれもタダ同然の価値しかないことを実感した。それは自明ではあるが、おそらくインターネットブームはマーケットの拡大とともに、中古市場における在庫のだぶつきが顕在化したということにもなるのだろう。
Macintosh本体に関してはG3、G4カードの存在があるためか、思ったより相場は高いと感じたが、それでも8500/180が5万程度となると、8100をリプレースしようかという気にもなってくる。むしろ青/白のG3あたりのほうが値付けが難しいかもしれない。10数万円という中古価格はほとんど魅力がない。これとは別に青/白以前のG3の場合はDTPユーザーの需要を見越して強きの値付けだがいたしかたなかろう。
モニタも新品17インチが3?5万円の時代とあっては、中古を扱うのも大変だ。Apple純正13インチ(昔のヤツ)は4,000円ぐらいだったか。品質には定評のあった製品だし、サブモニタにはちょうどいいかもしれない。モニタ下部に調節ツマミのある13(14?)インチモニタはすでにコストダウンを計ったころの製品だと記憶しているので、画面表示を確認することを励行したい。どちらにしても経年変化はあって当たり前なので、例えば多少の色のにじみや輝度減少などはこの際無視しよう。
プリンタはApple純正(といってもOEMがほとんどだが)、HEWLETT PACKARD、そしてALPSがほとんどで、CanonやEPSON製品はあまり見かけない。理由は色々考えられるが、もとよりCanon、EPSONは新品で買ったほうがいいだろうから、問題ない。迷ったあげくStyleWriterIIを購入。1,980円。もちろんマニュアル、フロッピーディスクといった付属品はなく、電源ケーブルのみである。
シリアルクロスケーブルは何本も持っているので必要ないし、マニュアルをひもとかなければならないような操作が必要になったらさらに代替えを探せばいい。そう思わせる価格だ。ちなみにプリンタ操作ではテストプリントとインクカートリッジの清掃あたりがよく行なわれるが、大抵電源スイッチを押しっぱなしにしているとテストプリントが開始される程度の簡単操作だろうし、実際StyleWriterIIは電源スイッチしかないので、特定は簡単だ。カートリッジ清掃もプリンタドライバからが実行できるので、これも問題なし。
プリンタドライバはもちろんOSに付属もしているし、その機種の最新ドライバはアップルのFTPからダウンロードすればいい。StyleWriterIIの場合はそれ専用のドライバは配布はしていないが、StyleWriter1200用のドライバを代用できる。これはダウンロード可能だ。ことApple純正周辺機器に関しては付属品の有無をそれほど心配しなくてもいいだろう。でなければ純正の意味もない。
冒頭に書いたが、実はDeskWriterのインクカートリッジはDeskWriter Cなどと共用のようで(「ようで」と書いたのは実際に試していないため)、代替えを入手する必然性も薄れてしまったのだが、値段が値段なのでそれほどダメージはない。
余談だが、平日、休日を問わず、Macintosh中古系ショップはけっこうなにぎわいで、見ている間にガンガン商品が売れていくようにも見受けられるが、それとは対照的に新品Macintoshショップは、iMac全盛のころの勢いがないようにも思える。ボーナス時期を外しているからだろうか。もはやAppleの商品はコンピュータとしての性能ではなく、デザインを含めたパッケージングだけでしか評価しえない。これはブランドイメージが高い場合の戦略としては妥当かもしれない(その場合性能も一流であるべきだが)が、現在のように(オーナーではない)非マニアックなユーザーを対象にする場合、長期的にはマイナス、もっと言えば、長い間デザインイメージで消費者を惹きつけるのは大変困難なことだと考えられる。簡潔には飽きられてしまうということ。
Cubeはがんばっている製品だと思うが、やはり価格設定が間違っていると感じられる。もちろん古くからのオーナーはこぞって購入するだろうが、もうすでにAppleは過去のAppleとは違うのだ。すでに現在のApple製品を見ても仕事に使えるかどうかで判断するほかないワタシのような懐古趣味ユーザーは、中古ショップに出向くことでしか、かつてAppleに対して求めていた趣味性を満足できないということだろう。