カテゴリー : Hardware

ブツ撮り

leica_sam.jpg上下光源による撮影。光源は上から400Wの8分の1をライトボックスで。下からSB-24を24ミリズームで16分の1。この時マンフロットの卓上三脚はそのローアングル性によりとても低い位置に発光部を設置できる。ライツの卓上三脚のような剛性はないが一本あると便利。撮影台は自作(乳白アクリル3ミリ板に、ホームセンターによくある組み立て式の木脚。取り付けは蝶番ボルトなので使わないときはバラして格納)。全体の様子はこんな感じ(set.jpg)。ついでにF3も撮ってみた(MD4付きのF3HP)。F3のモーターはとても重いモノだが、ホールディングは格段に良くなる。

ステレオ写真

旭光学のステレオアダプターをG2に装着して撮影。
平行視交差視
ズームレンズでステレオ写真を撮るのはむしろ難しい。 ピントもオートでは合わせにくい、というより合わない。 しかしデジタルで気軽に撮影できるのは素晴らしい。 ワタシが所有しているアダプターは「ASAHI PENTAX」のロゴを冠しているモノで、忘れるくらい前に新橋のカメラ屋さんでデッドストックを安く譲っていただいたモノ。現在販売されている製品(LINK)とは違い、フィルター径は52ミリ(現行品は48ミリ)。ニコンレンズは52ミリがスタンダードなのでこのほうが便利。G2の場合もステップアップリングで52ミリに合わせてある。

トライアルゲーム

JAVAアプレットによるインドアトライアルのゲーム。WWWブラウザでJAVAをONにしておかないと当然動作しない。JavaスクリプトはOFFでも大丈夫。アプレットが完全に読み込まれるまでにそれなりに時間がかかるので、画面が変わらないからと言って固まったと判断しないように。
正常に読み込まれればあとはスペースキーを叩いてゲーム開始。バイクの操作はすべてカーソルキーで行なう(文字入力は英語モードにしておこう)。↑がアクセル、↓がブレーキ、セクションは右に向かって進行するので、→が前方向の重心、←が後ろ方向の重心となる。あとはセクションごとに四つのカーソルを駆使してクリーンを目指すのだ!
…すでに昨年末に製品版としてオンライン販売(9.95ドル)されている(^^;)。 製品版ではバイクの種類が3種類、セクション数が3面6セクション(1面ごとに2つのセクション)となっている。残念なことに製品版はWindows版のみ。
[追記]
最近Windowsマシン自体を起動することがないので、必然的にこのゲームをやることもなくなった。でもやっぱりこれ以上のゲームはない、自分にとって。

ダートトラック(HONDA FTR)

2輪の興味ないヒトにはわかりにくいハナシです。
ギャンブルレースで「オートレース」というものがある。オーバル(楕円)のトラックコースを主に500?650ccの単気筒マシンが「左回り」で「足を出しながら」がぐるんぐるん周回するレースのことだ。足を出す、すなわち「リーンアウト」(相対するモノに「ハングオン」や「リーンイン」がある)を意味するが、モトクロスのようにコーナーだけ足を出すのではなく、そもそも直線とコーナーが交互にやってくるというスピードレース、という概念すらそこにはなく、オーバルであるから、ずっと「コーナリング」をしながらレースが行われる。
実際にレースを見ればわかることだが、それはとても不思議な感触で、もとよりオートバイに乗っていることもあったが、トリコになった。初めてレースを見たのは17年ほど前だが、比較的に近いところに船橋オートレース場があったこともあり、しばらく観戦に熱を入れた。
ワタシのようにたいしてお金もかけずにただレースを見に来るというヒトもそれなりにいるようで、そのころなら、筑波のシングルレースでなければ浴びることができないビッグシングルのエキゾーストノートがわずかな入場料で堪能できるのだからたまらない。
ワタシは KAWASAKI AR80 であるとか YAMAHA SR400 改 500 のような、当時あまり人気のなかった方向性のモーターサイクルでレース場に向かうことが多かったが、オートレーサーを何度となく見ていると、単純に「ああいうのに乗りたい」と思うようになってしまった。そして興味はダートトラックレースに長じた。
ダートトラックレースは、土のトラックを周回することから始まり、アメリカでは今でも残っているし、日本のオートレースもかつてはそうだった。通常知られるダートトラック系レースで用いられるマシンは、エンジンはレースの種類を問わず似たようなもので、アメリカでは Harley-Davidson がV型2気筒だが、大抵ビッグシングルが利用される。ただしタイヤに関しては、「スピードウェイ」のようにオートレーサーのような幅の狭いタイヤ(50ccのタイヤを想像してくれればいい)で行なわれるモノもあり(これがスパイクタイヤになって氷の上を走るモノもある)、差異はあるが、全体の印象はアップハンドルに太いタイヤということになる。
ところで、アメリカで行われているスーパーバイカーズというレースではオンロード、オフロードさまざまなマシンがスリックタイヤをつけて砂混じりのサーキットを走り回るが、日本でも一時期そのタイプのバイクへの改造が流行した。この場合フロントタイヤは小径(主に16インチ)ホイールを装着するのが習わしで、オンロードの場合は問題ないが、オフロードの場合通常が21インチがなので16インチにした場合、ひどく妙な体裁になる。
おおむね改造車を指向する人間にあることだが、そうした改造による「変異」を「これが本場(本物)なのだ」といった「自分(ないしはその情報を伝達されたごく少数)にだけが理解している」と考える、ささやかプライドがある。
実際専用にチューニングされたレース専用車ならともかく、フロントタイヤだけを取り替えたシロモノが、ましてや走りやすいことはなく、直立状態でしかアクセルを全開できないようなインチキなライディングをせざるをえないことになるわけだが、問題はそれが他人(この場合他のライダー)から見た場合どう映るかがむしろ重要で、操安性がスポイルされた改造が主流を占めるのはいつの世も変わらない。
さて、ワタシがオートレースやダートトラックレースに興味を持ち、「狭い世間」(しつこいようだがバイク世界)に対して、「オレはこういうのに理解があるんだゼ」という証明をどういったマシンで成し得たのだろうか?
HONDA には FT400(500)という一応はダートトラックマシン風の製品があったが、どうもインチキな感触があった。それはある意味誤解であり、本質的には光る素材だったが、10代のぼんくらなワタシにはそんなことはわからなかった。排気量だけを考えればSRをそれ風に改造するという手もあったが、さんざん苦労してバランスをとったチューニングを水泡に帰するには惜しい。
そこでワタシは HONDA FTR250 に手を出した。といってもすぐには買えず、実際にそれを購入したのは、数年後一番の不人気車種として中古市場に出回ったころであり、確かセルモーター付きで新車同様のを16万ぐらいで買った。
実はそのとき初めてセル付きの単車を自分のモノにし、思ったことは、「セルって何てラクチンなんだ!」というまるで、自転車小僧がピカピカ光るウインカーや光量充分なヘッドライトのついたエンジン付きの乗り物に初めて乗ったとき、「夜道が怖くない!」と感嘆するような素朴な感触で、改造しようなんて気が起きるのはずいぶんと経ってからだった。つまりただ乗っているだけでラクチンで楽しかったのだ。
それはそうだ。今まで乗っているモノといえば、小さい排気量で回転を稼ぐ他ない80ccや、力はあるが、改造したおかげでひどくエンジンがかかりにくくなったビッグシングル、はては公道は練習場までの単なる移動にしかならない「100kmも出せば逝ってしまうような」コンペティション仕様のトライアルマシンだったのだから。
当初の感動も冷めたところで、とりあえずダートトラックの真似事をしたくもなり、河川敷に乗り出したが、ここでこのマシンの欠点(欠陥)を初めて認識した。ダートラッカーに求められるのはスリム軽量な車体はもちろんだが、なによりアクセルオンでタイヤを「簡単に滑らせる」ことのできるパワーであり、それがわが愛車には決定的に欠けていた。キャブを多少低速側にふって、ギア比を変更した程度のモディファイを HONDA XL250R をベースにしたエンジンに施したって、250cc は 250cc である。
そして、ワタシにとってトライアルの余興にすぎないこうした「遊び」はすぐ諦めた。せめてもというわけで、威勢の良い音だけでも思いサイレンサーを探したが、これがまったく見あたらない。最後には「レース用のスーパートラップ」を近所の店で融通してもらうことになるが、これがエキゾーストパイプと一体になったモノで法外な値段ときた。しかも、レースであるから、通常のスーパートラップを比較しても格段にうるさい。
サイレンサー先端にフラップを追加して、排気圧を調節し、主力特性を調整できる産物として、音量を下げることができるスーパトラップだが、5枚のフラップ追加でも家の前でエンジンをかけるのが気がひけるほどの騒音なので閉口した。なにしろジェット型のヘルメットでは騒音で耳がしびれるのである。
また、HONDAはこのマシンに妙なところで工夫をしていて、ダートトラックは左回りであることから 、最初からフレームが左に編心している。すなわちまっすぐ走ることをほとんど考慮に入れていないことを真似ていた。詳しく言えば、普通2輪車はある程度の速度を出していれば、直線走行においてバランス取りに神経を使うことはないが、この種のマシンはコーナーをある程度安定して傾けられることの代償として、直線を走るときに少々意識的なバランス取りが必要だということ。もちろん公道車であるからその「手心」はずっと緩やかなモノだが、それでもこころなしか走行中にハンドルから手を離すと左に傾くような気がし、これはオカルトかもしれないが、やはりいったんそういう知識があるともういけない。最後にはその欠点を「本物志向だから」というお得意の論理でむしろまわりに喧伝することになるが、アンダーパワーでなにが本物か! ということは結局解決しなかった。
数年前から YAMAHA TW200 を中心としたダートトラッカー景気が続いている。それは直前の Harley-Davidson バブルで イージーライダー風ハーレーを模した和製のハーレー人気が一段落したころに浮上した、ハーレー文化としてはむしろ異形である Harley-Davidson 883 やその変化系に手が届かない人たちのために用意された手の届く贅沢(というにはあまりに貧相だが)かもしれないが、ブームというにはずいぶん長いような気もするし、静観していた HONDA がエンジンその他を小変更した FTR233 を投入したことを考えると、意外に残っていく流れかもしれない。
改造パーツが大量に出回り、むしろ改造が前提で流通するあたりは、かつてのSRブームと似てなくはないが、ほとんどドレスアップパーツを装着することで充足していることを詳細に観察すると、SRの時とは違い、メカに興味を持っている人間ならばやらない改造(といえるかどうか疑わしいが)がかなりあるようだ。
サイレンサーやハンドルを交換することによって生じる弊害は、考えようによってたかが知れている。「バランス」は悪くなるが、危機に際してむしろ幅の狭いハンドルで慌てるよりもいい。排気系の改造にしてもむしろパワーダウンすることが多いし、ある程度大きな音量は、迷惑ではあるが、「注意の喚起」ぐらいにはなる。
不思議なのは、フロントフェンダーを外した単車が相当数存在することで、それはいくらなんでもと思ってしまう。思っている以上にあの「泥除け」はフロント周りの強度アップになっている、というよりアレがないと強度は著しく低下する。それはフロントフェンダーが割れた程度でもグニャグニャとした操安性になってしまうことからも明らかだ。
にも関わらず、それを良しとするのであれば、その状態変化によほど鈍感なのかと思い、であるなら、その他の危険察知能力も怪しいと考えるのが妥当で、そういった感覚の単車が跋扈しているのはとても恐ろしいことだ。簡単に言えば自転車感覚で乗っているということになる。
いくらアンダーパワーとはいえ、相応の重さを伴った金属の固まりである。ぶつかれば人間などひとたまりもない。
ストリートだけで消化(昇華)されていくモーターサイクル文化はこうしたことが無責任になりがちで、公道上で走行する上で必要な規範(従来は「本物」とされた何か)というものがない分、とても自由な感覚に満ちあふれているが、何でもありということは、例えばいくら「バイク乗り」の風評が好ましくないモノになり、世間のいわゆる排斥感情が強くなって、あげくに「バイク世界」が社会的に抹殺されても平気という「感覚」が多数を占めるということにもつながっていく。これは4輪での峠指向にも言えることだ。
このことは、メーカーの側で操作できるような、換言すれば、用意できるようなある種の整備、みんなが気軽に利用できるようなレース場であるとか、運転講習会の実施といったことが、ほとんど必要とされないということを意味することになる。つまり「売りっぱなし」ということだ。
好意的に解釈して、HONDA はそういう傾向に拍車がかかることを恐れて FTR の再販をしなかったということも考えられる(そうではない可能性が高いが)。しかし、今は YAMAHA 同様に安直な路線を選択したのだから、問われてしかるべきだろう。
これなら「いつかはサーキットで」と夢見つつ峠でステップをこすっているレプリカ小僧・小娘(まだいるのか?)のほうがましなのかもしれない。少なくとも彼(彼女)らの世界観には「まっとうな」イデアがある。そこではライディングテクニックが並外れているわけでもなく、メカニズムに精通してもいない、テレビドラマの主人公がただ乗っているだけのバイクが流行するということはあり得ない。
これも上意下達からの解放、ひとつの自由のカタチなのだろうか。ホントはカリスマが細分化、低価格化しているだけだと思うが。

先祖返り(YAMAHA SR 2001年モデル)

ワタシが10代のころ乗っていたヤマハSR400は82年式の悪名高いキャストホイールだったが、H型のアルミリム+スポークホイールに換装していた。そのおかげでチューブレスタイヤが装着できなくなったこと以外は満足していた。ブレーキは初期型ディスクブレーキだったが、GX系の部品を流用したモノで、効きはそれなりだった。
ロングストロークこそビッグシングルの醍醐味であると何かの本に書いてあったことに感化され、とりあえず純正部品を使って500ccにしたのだが、スクウェアから少しぐらいロングストロークにしても大差はなく、そのころ知人に乗せてもらったBSAゴールドスター(500cc)の特性とは似ても似つかないシロモノでしかなかった。
グランプリレースの世界で、60年代にイタリアのMVアグスタやその後のホンダといった多気筒レーサーに駆逐される前に栄華を誇っていた英国のシングルレーサーたちは、みな50馬力以上の高出力を誇っていたが、もとよりワタシが手本にしたのはその初体験の「ゴルディ」であり、普段は公道を走り、保安部品を取り去れば立派なレーサー、つまりクラブマンレーサーのたたずまいである。
ロングストロークだが高回転エンジンそして「クロスしていない」ミッションが、その味わいを深める、はばったい表現を借りるなら、「鼓動」を感じさせるということに気がついたのは、ずいぶんたってから。さすがにミッションに手をつけるのははばかれたので、とりあえずパワーだけを得ようと思ったあたりから困難が始まった。
手始めにホワイトブロス製のハイカムとバルブスプリングを入れた。ついで導入したデロルトのキャブレターおよびメガホンマフラーの効果もあって、かなりの高回転型になったことでトップスピードだけは確実に増した。しかしブレーキの脆弱さが際だつようになり、命を危険を脅かす場面にも遭遇し、ブレーキ周りの強化を考える。当時はブレンボが一番の人気だったが、モダンすぎるそのブレーキキャリパーを装着したとき、ノーマルSRのデザインバランスが崩れることを考え、結局RZ350の部品を流用してダブルディスクにした、制動力そのものは飛躍的に向上したが、結局フレームやサスペンションの弱さが気になるようになった。
SRが初期のディスクブレーキからドラムブレーキにモデルチェンジした頃、そんな中途半端な怪物を持て余し、すでにSRには乗っていなかったが、大昔のヤマハTZに装着されていたような大型のレース用ドラムブレーキではないので、なぜこんな「改悪」をするのかと訝った。パワーアップのための改造をするのがSRだと考えていたワタシのような人間は少数になったのかなとも思った。
そのころのヤマハはスポーツ走行は新鋭のSRXで、ドレスアップを楽しみたいヒトはSRという区分けをしていたように思う。確かにSRXは洗練されていたし、素人が改造したSRよりも良く曲がり、良く止まる。しかし、それならエンジンだってパワーのある多気筒を選択すればいいわけで、アマチュアが改造を楽しめる単気筒は複雑になってほしくないと思っていた。
レーサーレプリカが人気を失ってずいぶん経つが、元々ラフロード目的で売り出されたSR(それをロードレーサーにしようする無謀さ!)がいまだ高い人気を持っているのは、言ってみればその個性のなさ、言い換えればメーカーの主張がないあたりにある。そのやる気のなさとは別に、波はあるが通年販売が好調だったから今まで売り続けてきただけともいえる。それがメーカーの良心ととられるのは初期モデルの設計者をこそばゆくするだけだろう。
ともあれ、2001年モデルのSRでは放熱孔付きのディスクブレーキがついて、そうそうSRにはディスクブレーキが似合っているんだよ、とそのいささか大袈裟な放熱孔を見ながらひとりごちた。クロムウェルもどきのヘルメットをハスに被るような懐古趣味はたくさんだものなとも思う。最近発売されたホンダFTRに関しても同様の感想を持つが、それはまた別の機会に。

カメラ1

世間ではiMacだiBookだG4だってことになったりしてますが、ここのところ自分のところのコンピュータはほとんどトラブルもなく平穏な生活を送っているので、デジタルな関心が低くなるだけ低くなっております。
結局、仕事以外でコンピュータを立ち上げることが少なくなって、必然的にWebの更新も滞りがちになっています。ここまでは言い訳。
「色彩王国3」では、作家取材での作業の手元撮影にはじまり、画材紹介のページなど作ったモノですから、大量の画材をブツ撮りすることになってしまいました。で、当然手持ちの機材では用をなさなくなり、泥ナワに揃えた機材がその役目を終えて、コタツのうえに乱雑に放置されています。
新規に購入したもの、要メンテナンスで死蔵していたモノの復活などにかけたコストは、あまり計算したくありませんが、50万ほどになっているようです。
以前もう少し頻繁に撮影の仕事をしているとき確保してあった機材は、貧乏の果てに大半を手放して、寂しい反面、大量の真っ黒い物体が部屋から消去されて、ある意味ほっとしたのも、これもまた真理。
現在7台のボディと12本ほどのレンズがあるんですが、これから使い道があるかどうか。考えるとちょっと憂鬱な気分です。12月1日に発売されるフォクトレンダーの単体露出計を購入するためにいくつか手放した結果コレです。
全部実用機ですから、持っていて楽しいモノでもなく、フィルムを通してナンボの代物なので、困ったモノです。参考までに機材を簡単に列記しておきます。これから写真を「やる」のだとお考えの向きは注意してください。すぐにこのくらい増えますよ。
[ボディ]
ニコン F-801s(メインの2台)、同 F4E(ずっと死蔵していたモノ、バックアップ用)、ライカIIIC(戦後型49万台)、キヤノン NewF-1(AEファインダー2台、単三モードラ付きとポラバッグ付)、マミヤM645 1000S(ウエストレベルファインダー)
[レンズ-ニコン]
Aiニッコール20ミリF2.8、35ミリF2、50ミリF1.2、オートマイクロニッコール55ミリF3.5、ニッコール85ミリF1.8、シグマ28ミリF1.8、タムロンマクロ90ミリF2.5(初期型)
[レンズ-キヤノン]
NewFD35ミリF2、マクロ50ミリF3.5、タムロンマクロ90ミリF2.5(2型、FDマウント)
[レンズ-その他]
ズミタール50ミリF2(ライカ)、セコールマクロ80ミリF4(マミヤ)
[ストロボ]
コメットツインクル400W(AC電源一体型?コメットのソフトボックス装着)、ナショナルPE-560MG(グリップタイプ?サンテックアンブレラ装着)、ニコンSB-24(クリップオン3台?ルミクエストのソフトボックス装着)、ニコンSB-15(クリップオン2台?旅行用)
[三脚]
マンフロット190B(メイン)、同055B(重いので最近はほとんど使わない)、ハスキークイックセット3段(10代のころから使っていたモノでガタガタ)?雲台はすべてマンフロット352RC
ボディはほとんどオートフォーカスなのにレンズは逆にほとんどマニュアルなので、とても使いづらい構成になっています。最近のAFニッコールDレンズはキレもあるしいいんですが、高くてね。だからF3P2台で使っていたときのレンズセットをいまだに使っています。
NewF-1は10代のころから使っていてとても信頼のできるカメラですが、メーカーのサポートもなく、今はポラ使用のためのレンズ構成です。でも最近、近所のカメラ屋で新品のボディを数台発見して、心が揺れ動いています。
ズミタールは半斜光でも盛大なフレアが出る大変なレンズですが、条件を考えてうまく使えばズミクロンと同様(ちょっと大げさか)のすばらしい描写力を見せます。
今回の仕事のために入手した(結局スタジオで三日ほどアルバイト)コメットのストロボは使いやすくて気に入ってます。
実はライカ以外はなくなっても困るものじゃないんですよね。だからフォクトレンダーの露出計を入手できたら……実際取材で使うのはボディ2台、レンズはシグマの28ミリ、各社の50ミリ相当のマクロ、タムロンのマクロ90ミリだけですから。

コンコルド(協調)

英仏協同開発からこの名前がついたオージー翼(反曲線翼)の超音速旅客機がついに地に落ちた。1969年が初飛行だったのだから、諸事情によって少機体数による実質的な飛行回数の少なさがあるにしても、基本的にデルタ翼の流れをくむオージー翼が翼端失速をおこしやすいことを考えると、あのひっくり返った状態での墜落は過去に起きても不思議じゃない事故だったのかも。ゆえに無事故ってのは勲章だったはずだし、そのおかげで存続していたようなものだったのだろう。もちろんエンジントラブルさえなければ、もう少し被害を食い止めることはできたのかもしれないが……神話は崩れた。
大気汚染や騒音公害、旅客数の少なさ、燃費の悪さなど、現代の旅客機事情から考えるにあまりにも悪条件が重なってしまった。しかしながら、夢があったんだがなぁ。安全第一を旨とする旅客事業から考えれば、まったく反対のヴェクトルを向いているところが、好きだった。乗り心地は最悪なんだそうだけど。それでも安全至上のジャンボジェットがヘタレな墜落をくり返しても、コンコルドは落ちなかったのに……。
でも、英国航空は運行を再開したようだね。ガンバレ。

デジカメ

IXY Degitalをならってかどうかは推察できないが、各社200万画素クラスの普及機が揃い始めた。この潮流は歓迎すべきものだろう。
300万画素クラスの立場はどうなる? ということにもなるが、心配しなくても400万画素が続くだろう。もて余しそうな高画質を敬遠する向きは今後増えるかも知れないが、高解像への飽くなき欲求はとどまることはない。
さて、キヤノンの旧最高機種EOS-1n、そしてニコン現行最高機種F-5、おのおのをベースとしたプロフェッショナルユースのデジタルカメラがコダックを経由して世に出ることになる。
当然といえばそれまでだが、価格はやはり超弩級。ニコンD-1やキヤノンEOS-D30などの「躍進」ぶりを受けて「銀塩からデジタルへ」とうそぶいてみたところで、ハイアマチュアには大儀なボリュームであることは明白だ。
ま、それでも安いとは思うけどサ。

レンジファインダー

西方に見聞を広めにいった際、観光客のほとんどはなぜかNikon、ワタシはCanonブランドが席巻しているものと考えていたのだが、実際のところどうなのか。
そして、昨今数カ所で桜の撮影にいそしむ愛好者を散見したわけだが、やはりNikonだ。もちろんCanon、ついでPentaxともなるが、いずれにせよ、レンジファインダーなる旧式の機械を利用している趣味人にはほとんど出会わなかった。もちろんここで記しているブランドは35ミリフィルム使用のカメラであって、ブローニーサイズのいわゆる中判カメラに関してはその限りではない。もちろんその場合は富士フイルムの最新機種が席巻しているわけだが。
いや、レンジファインダーはスナップ写真にこそ、その真価を発揮する。そんなことはいうまでもないが、風景写真を含めた記念写真的用途というのは、今も昔も需要の大半を担っている。その局面で使用されていないレンジファインダーがカメラ雑誌、書籍を賑わしているのはなぜなのか。
もちろんクラシックカメラブームなるものが興隆した結果、ニーズが再復活したということもその理由だろうが、しかし実際にそのニーズを現認することがなかなかできない。
LeicaM型が登場したことによる、国内メーカーがレンジファインダー製品からの撤退、その後のメーカーの品質向上努力の結果、現在の一眼レフ市場があり、またその一方でレンジファインダーのスピンオフともいえるコンパクトカメラ市場、そして先祖返りとも言えるレンズ付きフィルムの登場と、各自が「求めてきた結果こうなっている」わけで、とすればレンジファインダーも時代の要請なのか?
もちろんそういう見方も可能だ。現行の一眼レフに魅力を感じないユーザーが増え、金属信仰を持つ若いユーザーが旧式の一眼レフを有り難がる、こういった流れと同調していることは間違いない。浅田彰氏が看破した「J信仰回帰」なるものの正体と関係が浅からずとしても、現実は現実だ。
少ない例だが、最新レンズの優等生的性能に飽き足らないプロカメラマンが、およそ時代遅れの一眼レフを「仕事」に使うという場を何度か目にしているワタシは、それ自体は容認できる。なぜなら彼らは最新一眼レフを使用した結果生じた何らかの「不足」を、古い技術によって補足しようとする場合が多く、逆に言えば、その古い技術が解決できない局面では、迷うことなく最新の機械を使っている。デジタルさえも厭わないのが現実なのだ。
古いから、新しいから、ということにはほとんど関心がない。こういった冷徹な判断を範にするのであれば、そう間違った道に迷い込むこともないのだが、残念ながらトラップを仕掛けることに長けたマスメディア、あるいはプロパガンダを生業とするカメラライター諸氏の美辞麗句に翻弄されてしまう哀れな子羊は後をたたない。
初めに需要ありきの時代でないことだけを肝に命じておくことだ。マスメディアで華々しく取り上げられたからと言って、それはマスメディアなりが関心を持つ、マスメディアにとって有用な商品だという以上の意味はなく、消費者のために作られたなどということはほとんどない。少なくとも銀塩カメラにおいては。
何度も書いていることだが、プロユースをなぞってきた歴史を考えれば、デジタルカメラの発展こそ誰も望んでいることで、銀塩カメラをいまだに使っているワタシにしても、それはしかたなしに使っているだけで、利便性を考えればデジタルカメラが早いトコ熟成してくれなきゃ困るのだ。
だって今の一眼レフは中途半端なのだ。換言すれば限りなくデジタル的なのだから。銀塩じゃなくても全然困らないでしょ。

桜谷軽便鉄道

http://www.ne.jp/asahi/garden/railway/index.html
鉄ちゃん、てっちゃん、テッチャン、ま、表記はどうでもいいが、それが「鉄道好き」を示す場合、揶揄を含みつつも、オタクの原風景として、欠くべからざるものであることは間違いない。肝要なのはアウトドア指向という点で、実はそれゆえ社会との隔絶を免れつつも、異端視されるであろう局面を生み出してきた。ちょっと気の利いた車両の通過する場には必ず存在が確認できるゆえ。
コミケ、アキバ、ゲーセン、場所はどこでもいいが、こういった場所が一般的に開放(認知)され、消費されたのはつい最近といってもよく、がゆえにさまざまなオタクの生態が散見されるも、「鉄チャン」が発散する意志力の前には、新興勢力はただひれ伏す他はない。
実は以前この人たちをテレビで見たことがあるが、まったく人畜無害なもので、ワタシなどはほほえましく思える。それは長い間「模型好き」として暮らしてきた自身を顧みてしまうからだろう。この場合重要なのは、個人的な乗り物として収斂されていること。船とか飛行機とか車とか、そういったものはおよそ力のいれ具合、換言するなら愛情が違うことが見て取れるのだ。安直なものではない。
現在あるような鉄道崇拝が一体いつ頃から発生したものかはわからないが、交通機関として考えるに、「馬車」を趣味とする向きが少数であろうことを考えると、陸上を移動する乗り物としては最古の部類になるであろうし、現代においても、やはり欠かすことのできない存在、しかるにその嗜好性も今後長く存続するであろうことは間違いないところだ。
歴史観を持ち得るという点で、ある種「固い」趣味だろう。そしてそこにフォーカスできる感覚をうらやましくも思う。非実用であるがゆえに素晴らしい。

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