カテゴリー : Hardware

取材撮影

完全に仕事モードに突入し、余剰の着想をネットワーク上でほとんど公開できない状態。で、今回の色彩王国3では取材での撮影が大幅に増えたこともあって、ときおり脳裏をかすめるのは撮影機材の拡充をどう計るか(笑)。
以前確保していた機材はすっかり手放していた上、現在の財政ではいっきに必要な機材を揃えるのは難しい。で、取材に行くたびに不足不満点を少しずつ解消するというていたらく。
だからあがったポジは取材後半のものほどイイモノになっている(とほほ)。現在満足度70パーセント。とりあえず直前の取材(小島文美先生)での手元撮影を振り返ってみる。ま、以下のような状況で撮影するわけです。
ライティングは作家が右利きの場合、机の左斜め前にスペースがあればスタンドを立て、アンブレラなりライトバンクなりでやわらげた光を回すのが理想(これで筆先から手首側に陰が落ちる)だが、今回の場合、部屋の左隅に机がくっついているのでそれができない状況。で、しかたなく作家の背後に立てたスタンド+グリップストロボ(GN56)を前方に向かって天井バウンス(1/2発光)。
で、それだけだと光量的にちょっと厳しかったので、作家の左背後に立った状態で、撮影者の左側にスタンドをもうひとつスタンドを立てるスペースはないので、撮影カメラのホットシューに直接続したクリップオンストロボ(35ミリ時GN36)を、机左側の壁にバウンス(1/4発光・ズームヘッドは50ミリに設定)の2灯発光と相成った。それでもシャッターは1/60秒、絞りf5.6ってところ。レンズは90ミリ。
ちなみに天井バウンスのストロボはAC電源。クリップオンは単三アルカリ4本(積層パックを忘れた)。したがってチャージの時間を短縮するためそれぞれ光量を少しずつ落としている。左からのバウンス光は強すぎるとカゲが強くなる(カゲが2重になる)ので、あくまでも天井バウンスのカゲを弱めるためだけに使用してみた。
問題になったのは、撮影カメラのホットシューに接続したクリップオンストロボを左側の壁にバウンスさせたとき、そのカメラ位置の移動によってバウンス角度のずれによって被写体にうまく光が回らないということ。
実際上がりを見てみるとクローズアップのため身を乗り出して近づいたカットが露出不足に。この場合、左壁バウンスの光があさっての方向にいってしまったということになる。つーことは1/4発光でもけっこう影響あるな、ということになる。
もう一度同じ条件下で撮影しなければならないので、今度は机の左隅に小さいスタンドを立ててみようと考えた。具体的にはライツのミニ三脚にストロボ、発光部にルミクエストのディフューザー(ソフトボックス)を装着するつもり。ちょっとまぶしいかな。
ついでにストロボ同調器も用意してうっとうしいシンクロケーブルなしで撮影しようと考えたりして。ただ、買った同調器が光の検知部がストロボ装着状態で発光部と逆を向く、つまり壁側になってしまうので、机の左前に配置するストロボの背後にレフ板なり白い反射面が必要になる。なんか面倒かもしれん。
撮影は大変です。

アナログとデジタル

カメラの世界でもデジタル技術の比重は高まるばかりだ。ニコンの一眼レフデジタルが65万円というのは、普通のアマチュアユーザーの感覚では、やはり「高い」と言わざるをえない価格帯だが、もうすでに「ライカの一眼レフと差がない」しかも「レンズはライカほど高くもないニッコールレンズ」。今まで以上にプロの間で普及するだろう。
もちろん銀塩と同様の「クオリティ」を全域で発揮するには今少し時間がかかるだろうが、グラフィックの世界同様、一回性を薄め、複製への利便性を高めることになるデジタル技術は、仕事でカメラを利用するヒトたちにとって、無視できないものになっていくことは間違いない。
「手描きの味」といった抽象的な領域はともかく、そのほかの部分で利点を見いだしたからこそ、現状のコンピュータによるグラフィック導入に抵抗のあった作家も導入に踏み切っているわけで、相当数のプロにとっては、道具に情緒を求めることはなく、求める結果を生み出してくれれば、それがデジタルであっても関係はないはずだ。
「手作り」が尊ばれることは間違いないが、究極に言えばデジタルであっても「手作り」には違いない。機械が及ばない高度の職人的技術というのが、デジタルの世界にはないと断言することはできない。気の遠くなるようなストロークはデジタルであっても実行は可能なのだ。するかどうかは別にして。
「デジタルでの手作り感」をいかに押し出していくか、追求していくか。最終的にはそのあたりが云々されることになるのではないか。
「一回性」に関しては、すでに印刷技術がそれを無効にしているともいえるし、写真に関して言えば、フィルムの大量消費、インスタントフィルムの使用が、一回性をそもそも忌避している時代にとっくに突入していることを物語っている。「決定的瞬間」などどこにもない、あるいは「決定的瞬間」はデジタルにおいても存在する。
我が身に振り返ってみれば、取材の撮影はデジタルの方が256倍マシに決まっている。インタビューのテープ録音は音声認識になればいい、そういう筋の問題だ。アナログに依って立つ作家性は間違いではないが、それがすべてではない。

カメラ

機材拡充に余念のないここ数ヶ月なんだけど、どうしても「ポラ」が必要って判断から、死蔵していたCanon ニューF1を復活。
で、FDレンズはすべて売り払ってしまっているので、50ミリF3.5マクロを購入。ポラパックも含めて中野のフジヤカメラで手に入れたんだけど、家に帰ってポラパックを装着しようとしたら何だか全然取り付けられないぞ?おかしいと思って子細に点検したら旧F1用だった。子細もへったくれもない(笑)。
かつてキヤノンのシステムで揃えていた頃は、旧F1、ニューF1、T90の組み合わせだったんだけど、そのころさんざん探した旧F1用ポラパックに今ごろ出会えるとは……しかし交換してもらいました。使えないものね。
それにしてもFDレンズはタマ数が減少しているようだなあ。FD→EOS、あるいはFD→Nikon Ai変換アダプタを使っているヒトも多いのかな。ごく最近のレンズはわからないけど、やっぱりニッコールと比べても描写のきれいなレンズが多いからね、FDには。

アナログ賛歌

いつだか、例の安原一式がいくつかのイベントで公開されるといったことを書いたと思うけど、量産型が展示されるイベントとして、今月20日から22日にかけて東京ビッグサイトで開催される「ノスタルジック モノワールド」と併設開催される「東京ノスタルジックカーショウ」も要注目かな。痛いのは入場券が前売りで1,800円(小学生以下は無料)ってことぐらいか。両者の共通前売り入場券は2,800円ってことだけど、う?んどうしよう。
ノスタルジックとはいえ、アナログを貫徹するほどのイベントではなく、ちょっと前の製品群(せいぜい今世紀)を並べ立てたともいえなくないけど、いやだからこそ「アナログ」感はひとしおだ。あまりに古いものはもはやアナログではなくアナクロなわけだし(笑う)。っていうか記憶にないものはノスタルジーにひたることはできないわけだから、このイベント名はあながち遠くはない。
個人的な見解では、「古いからいい」のではなく、現在では製造コストの面から排除された、ありし日の「高性能」にこそ価値を見いだせると考えている。だから今日流通している、あるいはこれから生み出されるものであってもすばらしいモノはあるだろう。
価値の定まったモノにのみ関心を寄せるのは簡単快適だけど、それは「モノ」を見抜く眼とは何の関連もない。審美眼を鍛えるのは並み大抵ではないということだね。
注意すべきは、万人にとって古き懐かしいからといって、それが必ずしも性能・機能に基づいた評価とは限らないということ。どういうカタチで流布・流行が発生したかが問題だ。これは音楽なんかにも言えるなあ。

国産レンジファインダー

数度の販売延期でいったいどうなることやらと感じていた例の安原一式だが、日本カメラショー(池袋のどこだかで3月5日より)で試作機(リコーブースにてGRのレンズを装着)が、そして、ノスタルジックモノワールド(東京ビッグサイトで3月20?22日)では量産機が展示されるようだ。
ちょっと想起したのは、このLレンズ装着可能な新式が、好事家ではなく、フツウの愛好家に普及したとして、ただでさえ少ないLレンズの高騰を招くことになるのでは、という勝手な理屈だ。
現代のレンズしか知らないほとんどのヒトには、カラーバランスが悪く、コントラストの低い、昔のレンズが必要だとも思えない。写してみてがっかりということも少なくないようだ。現代のレンズで用いて飽きるほど写真をとった上でないと、コンピュータ設計以前のレンズ群を必要とすることもないはずなのだが。比較のしようもない。
なお、Lレンズ(スクリューマウント)とはバルナックライカで採用されたレンズマウントのこと。現在はライカ自体にこのマウントが存在しない。現行はMタイプ(レンジファインダー)およびRタイプ(一眼レフ)となっている(アダプタを介してMマウントに装着できる)。バルナックライカという名は、ライカを考案したオスカー・バルナックにその由来がある。一言で言えばとても古いライカのこと。ワタシが所有しているのもこのバルナックライカ(IIICおよびIIC)。仕事ではほとんど使うことがないが、取材先で興味をもたれることは多い。それなりに役立っているようだ。

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