カテゴリー : Apple

安かろう悪かろう?

消費者にとって「高すぎる」販売価格、電源ボタンの「不具合」、筐体成型時の「キズ」、等々。残念ながら「革新」的デザインをひっさげ、華々しくデビューしたApple PowerMac G4 Cubeの売り上げはかんばしくない。
そのいずれのネガティブな要素を取り除いた新版が来期には登場するとJobsが明言したことによって懸念は解消されたか?
電源ボタンの問題はもちろん直されてしかるべきだし、成型時の「模様」もデザイン優先のプロダクツにおいてはあってはならないことだ。しかし、問題の大半はその販売価格にあり、だからこそあの高価な商品にあるまじき失態に消費者は素直に反応したと考えるべきだろう。なんちゃってiMacならいざしらず。
来期の新型は「廉価」になるらしい。そのこと自体は歓迎すべきコトだが、「チープ」にならないことを祈るばかりだ。また、Cubeという販売チャンネルが完全に確立するまでは、CPU違いやインターフェースの有無による格付けのような幼稚なバリエーションはやめたほうがいいだろうとも思う。色違いも論外。あくまでCubeはCubeという独立した一個の商品であることが望ましい。
いずれにせよ個人的には魅力的な商品に変わりない。仕事で使うならやはりタワーだろうが、今後も注目していきたい最右翼だ。

PowerBook 5300csと190

先般の更新からずいぶん経つが、その間コンピュータ関連の細々とした環境改変に終始していた。作業はまだ完了していないが、更新へ意識を向ける余裕が少しだけできたのでオボエガキ。
以前にディスプレイのヒンジが損傷したPowerBook5300csを譲り受けたことを書いたと思う。色々変な現象が起きるという噂のこの系列だが、その故障以外は特に問題もなく動作しているので、そのままにしておくつもりだった。しかし、PowerBook関連のWebサイトにアップルの5300、190シリーズのリワークプログラムは完了していない、つまり続行中(終了期日は未定だそうだ)という主旨の記述があり、せっかくだから試してみることにした。
くだんのサイトには「パワーブックREセンター」(〒275-0024 千葉県習志野市茜浜3-4-13)という部門へ連絡せよとあったので、早速電話してみる(0474-54-3381)。実際にはフリーダイヤル(0120-30-3211 平日10:00?12:00、13:00?17:00)が用意されていてそちらにかけ直すことに。丁寧な電話応対で、本体裏側のシリアル番号(ワタシのはSG53516N5KP)と「Appleシール」の有無(リワーク後に貼られるシール)を聞かれ、めでたくリワーク対象となる。
リワーク対象外の場合はNCRを紹介されるというハナシも以前にどこかで知ったのだが、実際修理代金に2万円ほどかかる(この場合、NCRの初診料は別かもしれないし、修理の度合いによっては料金は変動するかもしれない)となると、やはり無料で修理されるのはありがたい。元々Appleの不手際で起こったことではあるが、ワタシが購入したわけではないので、素直に感謝した。受付のお姉さんの真摯な対応にも好感持てたし。
マシンはパワーブックREセンターまでの宅急便着払い伝票(黒ネコ)が送られてきて、同封の「Macintosh PowerBook 190/5300モデル リワークプログラム依頼書+機器納入依頼書+同意書」(ひとつの紙に3種類の内容がまとめられている)に必要事項を書き込み、本体+バッテリー(AC電源は不要)とともに送ってしまえば、後はリワークの完了したPowerBookの到着を待つばかり。修理には1週間から10日ほどかかるとのことで、しかもリワークプログラム自体が「予約制」(ワタシの場合は9月1日からリワーク開始)なので、気長に待つことにする。
ただリワーク処理が施されたマシンでも再びヒンジが壊れるというハナシも伝え聞こえてきているので、戻ってきたらせいぜい大事にしないとなあ。いやすでに自分で使っていないのだけれど(笑)。
余計なことだが、アップルのサイトではこのリワークプログラムについての説明が検索できないのはなぜだろうか。販売台数8万台のリワークがいまだ完了していないことの原因の一端があるような気もする。みんながみんな情報に精通しているわけではなかろう。ほんとメーカーのサイトすら訪れないヒトだって沢山いるのだから、本気でリワークを終了させる気があるならさまざまな方法で告知を徹底させるのが効果的だと思う。中古販売店とつながりを持つのは差し障りがあるのかもしれないが、そうしたところでのインフォーメーションは意外に浸透するぞ。
[追記]
28日に「パワーブックREセンター」に送ったPowerBook5300csの件で、さっそく連絡が来た。LCD(液晶)そのものか液晶ケーブル(?)だかが寿命だとか……リワークプログラムではヒンジ部の交換とロジックボードの配線をいじることが主目的で、それ以外の故障に関しては有償になるとすまなそうな声。LCDが逝っている場合は部品が50,000円+工賃(有償修理は「アーク」という会社を勧められた。近隣だそうな)となるとのこと。もちろん頼めるわけはない。その金があったらリワーク適用後の同マシンを中古で買うわな。
で、リワークには1週間から10日というハナシだったが、すでに作業にとりかかろうとしていたようだ。明後日31日にはこちらに送られてくる。この対応の早さは、すまなさの一表現か、あるいは厄介者を早く手放したいからなのか。真意はどうあれ、問題を抱えた状態で戻ってくるのは間違いなく、少し残念。
LCDそのものの損傷なら、モニタ外部出力でなんとかなるが、ケーブルだとやっかいだな。でもな故障がケーブルだとしたら、ヒンジが壊れていることと因果関係あるんじゃないの? 壊れたヒンジ状態で開け閉めすればおかしくもなるんじゃ……そんな疑問を持ちつつ徒労感漂ってます。ま、貰いモノだからしかたがないか。自分で買ったモノならもう少しごねるけど。
覚えておいてほしいのはAppleの品質管理はそれほど良質ではないということ。標準かそれ以下。だからといってAT互換機のように別メーカーに乗り換える、あるいは自作するというわけにはいかない。
ソフトとハード、両方作っているから親和性が高いという理屈はあるにせよ、であるならもう少しきちんと動くキカイを提供するべき。Windowsと比較して安定度を誇るべきではない。おなじことをMacintoshプラットホームでやったらおそらくもっとひどいことになるかもしれないし(Windowsの互換性維持はたいした努力だと思う)。また、両方作っているから負担が大きいというメーカー養護の言い訳を甘受する、奴隷的体質を持ったユーザーが多いおかげで成り立っていることをApple(アップル)は強く肝に命じるべきだろう。
[追記02]
本日宅配便到着。実は相当に汚れた状態だったので、外観の変化には興味があったのだが、やはり見た目は新品同様になって戻ってきた。
問題はきちんと起動し、正常に動作するかだが、それも今のところ問題なし。先日の電話でさんざん脅されていたのでなかば諦めていた分、嬉しさもある。ただ、部品の特定はできないが「寿命」であるということを知ってしまった今、もう以前のような気持ちで接することができないのが残念だ(壊れたらもうオシマイ)。記憶が気持ちに反映されるときには人間ってものの不合理を感じる。
Appleの製品品質が最大限に悪化していた時期の製品であるがゆえに、そのスペックを正当に評価されたことがない5300シリーズだが、性能だけをみれば当時の常識的な線だろうし、それはデスクトップの7500シリーズなどにも言えることだが、不遇のマシンだなと思う。
リワーク対策を施した後の筐体でもヒンジ部の破損が起きてしまうというハナシも、それが事実であるかどうかということよりも、そういう状況を予感させる、品質の低さ、例えば手で持ったときの剛性のなさ(なんとなくグニャグニャする)が起因しているのだと思う。
自分でリスクを背負うような自作機やそれに付帯した改造方面に手を染めることを躊躇しないユーザーが数多いプラットホームでないことが、この種の不良品の存在を必要以上に目立たせる要因にもなったし、ATのようなオープンなプラットホームに育てることができなかったとも言える。
Appleが互換機路線をやめて、品質管理に注力できる範囲をせばめたおかげでこうした事故は少なくなったという経緯(それが真実かどうかはわからないが)を考えると、Macintoshプラットホームの闇雲なシェア拡大は危険でもある。何より一定のシェアを維持することが肝要で、右上がりのグラフを期待してはいけない。永久にマジョリティにはなりえない存在なのだ。
私見を言えば、DTP専用機、2次元グラフィックコンピュータでもいいじゃないかとも思う。いかにMacOS自体の使いやすさがあるとしても、ハードウェアの品質は別物だろうし、先にも書いたが、性能向上や安定性を狙ってマシンを自作するということはできないのだし。
Appleが生き残るのはDTVなどという分野なのではなく、紙媒体に限定はしないが、いまだパブリッシング方面であることは間違いない。いやそこでしかありえない。キカイに最も頓着しない分野、これがAppleが唯一優勢を誇れるマーケットなのだ。

中古コンピュータ

長年酷使してきたHEWLETT PACKARDのDeskWriter(無印)のインクジェットが入手困難になった(と思いこんでいた)ので、代替機を中古屋で物色、もとよりMacintosh用プリンタの中古、それもまとまった数の在庫となるソフマップぐらいにしかないので、ひさしぶりに日参することになり、ついでに他のモノも物色したが、ほんの数年前の周辺機器はどれもタダ同然の価値しかないことを実感した。それは自明ではあるが、おそらくインターネットブームはマーケットの拡大とともに、中古市場における在庫のだぶつきが顕在化したということにもなるのだろう。
Macintosh本体に関してはG3、G4カードの存在があるためか、思ったより相場は高いと感じたが、それでも8500/180が5万程度となると、8100をリプレースしようかという気にもなってくる。むしろ青/白のG3あたりのほうが値付けが難しいかもしれない。10数万円という中古価格はほとんど魅力がない。これとは別に青/白以前のG3の場合はDTPユーザーの需要を見越して強きの値付けだがいたしかたなかろう。
モニタも新品17インチが3?5万円の時代とあっては、中古を扱うのも大変だ。Apple純正13インチ(昔のヤツ)は4,000円ぐらいだったか。品質には定評のあった製品だし、サブモニタにはちょうどいいかもしれない。モニタ下部に調節ツマミのある13(14?)インチモニタはすでにコストダウンを計ったころの製品だと記憶しているので、画面表示を確認することを励行したい。どちらにしても経年変化はあって当たり前なので、例えば多少の色のにじみや輝度減少などはこの際無視しよう。
プリンタはApple純正(といってもOEMがほとんどだが)、HEWLETT PACKARD、そしてALPSがほとんどで、CanonやEPSON製品はあまり見かけない。理由は色々考えられるが、もとよりCanon、EPSONは新品で買ったほうがいいだろうから、問題ない。迷ったあげくStyleWriterIIを購入。1,980円。もちろんマニュアル、フロッピーディスクといった付属品はなく、電源ケーブルのみである。
シリアルクロスケーブルは何本も持っているので必要ないし、マニュアルをひもとかなければならないような操作が必要になったらさらに代替えを探せばいい。そう思わせる価格だ。ちなみにプリンタ操作ではテストプリントとインクカートリッジの清掃あたりがよく行なわれるが、大抵電源スイッチを押しっぱなしにしているとテストプリントが開始される程度の簡単操作だろうし、実際StyleWriterIIは電源スイッチしかないので、特定は簡単だ。カートリッジ清掃もプリンタドライバからが実行できるので、これも問題なし。
プリンタドライバはもちろんOSに付属もしているし、その機種の最新ドライバはアップルのFTPからダウンロードすればいい。StyleWriterIIの場合はそれ専用のドライバは配布はしていないが、StyleWriter1200用のドライバを代用できる。これはダウンロード可能だ。ことApple純正周辺機器に関しては付属品の有無をそれほど心配しなくてもいいだろう。でなければ純正の意味もない。
冒頭に書いたが、実はDeskWriterのインクカートリッジはDeskWriter Cなどと共用のようで(「ようで」と書いたのは実際に試していないため)、代替えを入手する必然性も薄れてしまったのだが、値段が値段なのでそれほどダメージはない。
余談だが、平日、休日を問わず、Macintosh中古系ショップはけっこうなにぎわいで、見ている間にガンガン商品が売れていくようにも見受けられるが、それとは対照的に新品Macintoshショップは、iMac全盛のころの勢いがないようにも思える。ボーナス時期を外しているからだろうか。もはやAppleの商品はコンピュータとしての性能ではなく、デザインを含めたパッケージングだけでしか評価しえない。これはブランドイメージが高い場合の戦略としては妥当かもしれない(その場合性能も一流であるべきだが)が、現在のように(オーナーではない)非マニアックなユーザーを対象にする場合、長期的にはマイナス、もっと言えば、長い間デザインイメージで消費者を惹きつけるのは大変困難なことだと考えられる。簡潔には飽きられてしまうということ。
Cubeはがんばっている製品だと思うが、やはり価格設定が間違っていると感じられる。もちろん古くからのオーナーはこぞって購入するだろうが、もうすでにAppleは過去のAppleとは違うのだ。すでに現在のApple製品を見ても仕事に使えるかどうかで判断するほかないワタシのような懐古趣味ユーザーは、中古ショップに出向くことでしか、かつてAppleに対して求めていた趣味性を満足できないということだろう。

Fetchの日本語利用

Fetchは、Macintoshプラットホームで最も多くの利用者を持つFTPクライアントソフトウェアだ。多くのプロバイダでは、FTPサーバでのデータのアップロードなどを、Fetchで行なうようにし向けている。というのもFetch使用を前提とした説明がほとんどで、例えばNetFinderでのアップロード説明が用意されているプロバイダは少ないだろう。デファクトスタンダード(事実上の業界標準)というヤツだ。
Windowsプラットホームで用意されているFTPクライアントの多様さに比べて、今だFetch一辺倒というのも、変化(進化)を好まないMacinotshユーザーの体質を暗に象徴しているとも言えるし、多くの選択肢の前に悩む必要がないと考えることもできる。……ま、いくつかのFTPクライアントを試したあげく、やはりFetchに戻ってしまうワタシも立派なMacintoshユーザーだな。
基本的に米ダートマス大学のJim Matthews氏によって作成されたオリジナル版(Fetch3.0.3)を利用しているが、時には日本語メニューでの操作を夢想することもある。
ResEditを用いて簡略に日本語化することはさほど難しい作業ではないが、今ではいくつかの簡便な選択肢が用意されているので検討してみた。
Mac Clinic:薬局にある日本語化パッチ(Fetch3.0.3日本語パッチ)は、作成年が98年であるから、多くのヒトが試しただろうと考えられる。しかしこのパッチは不完全で文字化けが発生するといった問題もある。
実は冒頭のプロバイダでのFetchによる説明云々は、ハートコンピュータ(日本語版公式ページ)がリリースしている正式な日本語版、Fetch3.0.3J2の使用を前提にしていることが多い。このプログラムはパッケージ販売(5,000円)とネットワークダウンロード(2,500円) での販売があるので、これを入手すれば最も安定したカタチのFetch日本語バージョンが利用できるのだが、その販売価格が妥当なモノであることは承知しながらも、ワタシは購入していない。
本家のFetchが学術利用に限り25ドルのシェアウェアフィーを免除されるという、限りなく「無料」に近いニュアンス含んだ配布形態であることが好ましく感じられるからだろうか(英語版のシェアウェアフィーは払っている)。いやただ単に基本的には英語版利用であっても何ら不都合はない程度にしかFTPクライアントを使っていないからだろう。ファイルのダウンロードだけなら別に有用なプログラムがいくらでもあることだし。
さて、そう言いつつもFetchでのアップロードを快適にするプログラムはないものかと、少し探してみたのだが、山田正悟氏作成のWeb Fetch Manager(シェアウェア1,000円)というアップロード自動化プログラムが目についた。ダウンロードは作者のWebサイト(HMCホームページ)からできる。実は設定が少し煩雑なのでWeb Fetch Managerそのものは試していないのだが、何とこのアーカイブにはFetch3.0.3の日本語ローカライザが付属している。そしてその出来映えも素晴らしい。
本家英語版にこのパッチを当てればFecth日本語版が……正式な日本語版とは少し「訳」が違うがコレはいい。できればWeb Fetch Managerを利用し、シェアウェアフィーを支払おう。

G4 Cube

さまざまなサイトで拡張性がないことを糾弾されているCube。PCIバスによる拡張性さえ確保されていれば、これほどまでに言われることもなかったのだろうが、拡張性を望む向きにはタワーG4があるではないか……と言われてしまうかもしれない。iMacが成功を収めた今、メーカーに何を言っても無駄だろう。
実は電源も内蔵ではなく、例えば持ち運びの際の優美さには欠けるかもしれない。本体は軽いだろうが。Jobs流のプレゼンの極み。
ただ、iMacにおいて表面上の処理(スケルトン)+色味が商品訴求力の大部分を占めていたのに比べれば、Cubeはずいぶんとがんばっているように思う。もちろん、NeXT Cubeという先例があった以上、箱形状であることに目新しさを強調されてもと考える向きが少なくないことは承知の上でだが、いくつか気に入った点をあげてみよう。
まずは内部にアクセスするその仕組み。筐体(もはやこの呼び方も似つかわしくない)を転倒させて、ハンドルを引っぱり、ロジックボードを引き抜く。この儀式的な手順を採用したことは、自ずから拡張性を持ち得ないコンピュータなぞという前提を反古にしてしまうほどだ。かなうなら引き抜きの際に「プシュー」とやらの効果音が用意されていればとも思う。
RAMに関してもDIMMスロットが3基装備(最大1.5GB)されているので、非常によろしい。純正仕様で満足のいくユーザーならば必要となるのはメモリの増設ぐらいだろうから。
販売価格が足枷になるだろうけれども、iMacよりは買う気になる商品だ。というよりモニタを省略したiMacと言えなくもない……ゆえに高いという感想につながりもするのだが。

Apple関連

NY EXPOで新製品が発表された。詳細はMacintosh専門サイトでいくらでも報告されているため、ここでくどくど書き連ねる意味もない。気になった製品についての感想だけ。
従来のタワー型G4にデュアルプロセッサ搭載製品(500MHz×2)が加えられた。非公式にはPentiumIIIに対抗できる速度を実現するとも言われているが、条件次第かもしれない。高負荷が避けられない作業を中心とする需要にどれだけアピールすることができるだろうか。
iMacに関しては外観形状の変更はない。Cubeがその「変革」を担っているため必要ないのだろう。真っ白いiMacの登場も、Cubeに象徴的なプロダクツ全体のコンセプト(透明度アップ、白っぽい印象)と同期をとるためかもしれない。蛇足だが、揃ったカラーは、Ruby(赤)、Sage(緑)、Indigo(青)、Graphite(黒)、Snow(白)となり、RGBとB&W……少し理屈っぽい色合わせかもしれない。
さて、Cube(Power Mac G4 Cube)だが、往時のNeXTを想起させるこのシンプルさがどの程度需要を見込んだモノなのか見当もつかない。ただ、かつての黒Cubeのような、いかにもコンセプトが先走ったモノとは違い、今回のCubeは本質を「分かって」購入するユーザーには高い満足を与える製品になっていると思う。使ってもいないが。ATの世界で便乗するメーカーは出てくるかどうかもカギだろう。
キーボード(Apple Pro Keyboard)はカーソルキーが独立した。「Pro」の名称が冠せられたが、過去の拡張キーボードのごとく「プロ御用達」を意味するモノとはとらえにくい。従来製品と幅が似通ったモノなら、キートップの横幅がちぢめられているだろうか。実物を確認したいところだ。
光学式となったマウス(Apple Pro Mouse)は、上部から見た場合の形状が「楕円」に戻った。といっても過去製品と同形状の楕円ではない。横から見た場合の形状はかつての楕円マウスに近いようだ。これも実際に触ってみたい。
15インチ液晶ディスプレイ(15-inch flat-panel Apple Studio Display)は、シネマサイズ(この場合横が長いディスプレイ)ではないが、Apple Cinema Display系統のニュアンスを含んだ魅力的なデザイン。15インチサイズで1024×768ピクセルの表示はどうかと思うが、売れそうな製品だ。

Mac OSX

今夏の予定が来春。とりあえずベータ版。実際にマシンにインストールされて出回るまで1年と考えていいだろう。
高度で複雑な機能を平易なインターフェースで操作でき、なおかつトラブルシューティングも容易なMacが好まれたのは、仕事に利用するからとはいえ、高度で複雑なシステムが必要なのではなく、仕事だからこそ難解なシステムは避けたいという欲望に基づいていた。
もとよりメカニズムに習熟している向きを対象にしていないMacintoshユーザーをつかまえて、いまさらカーネルがどうのだとか、ジョブがどうたらと教育するのは何かが転倒している。
おそらくMacOS Xがリリースされることを心待ちにしているのは、Macintoshが存在しなくても平気なユーザーであり、それはDOS/Windowsからの移民者かもしれない。むしろワークステーションばりの高機能なOSこそふさわしいと考えているのかもしれない。
さらに言えばひと昔前のユーザーであれば、ちょっとした試練には喜々として立ち向かったかもしれない。しかしそうしたユーザーを育成する努力を放棄して久しい。CodeWarriorは高価としかいいようがないし、HyperCardをわざわざ購入するのはばかげている。増加した初心者はWebやメールを利用するだけで充足している。
おそろしく単純なMacOSが再登場し、非マニアのプロシューマがなだれ込みを見せたとき、提供者はプロ向け・家庭向けという図式を再検討することになるかもしれない。

生と死

WWDC 2000において、Developer Preview 4の公開予定を控える期待のMac OS X、Apple存続にとってとても大事なOSであることは間違いないだろうし、一日も早く活用してみたいという気持ちもある。
ただ、同時に「Classic」として位置づけられる、現行のMacOSの死を意味することにもなる。むろんその移行は緩やかなものであるかもしれない。しかしメンテナンスモードに入って久しいHyperCardひとつとってみても、それは朽ちていくものでしかない。
そんなものは単なるセンチメンタリズムにすぎないといえばそれまでだが、実際「それ」で充足している場合はどうすればいいのだろう。
こんなことは68KからPowerPCへの変遷の際にもさんざん議論されたことだが、ハードの寿命が尽きているとはいえなかった68Kをしゃぶりつくそうとする向きによって、思いのほか存命してしまった経緯を考えると、現在捨て値で取り引きされているMac OS X動作保証外の「Classic」マックが、瞬間高騰するかもしれない。周辺機器も同様に。
確かにMac OS Xは素晴らしい。しかし大半の人びとは旧OSとの違いを正確に判断することはできない。従来のOSもエミュレーションモードで動作するから問題ないといっても、それはそういうものを望んでいる向きが讃えるだけのことで、新しい複雑になったシステムが一般用途中心のユーザーに必要かどうか。
残念ながらMacintoshというコンピュータはメーカーが望むよりも日持ちしてしまうゆえ、新世代を標榜しながらも常に旧世代との確執が生じてしまう。おそらくそれは今後も続くだろう。たかが機械にすぎないが、「愛着」というのはなかなか放棄できないものだ。そういう作り方、売り方をしているがゆえのユーザーの忠誠度がある。これでは数は売れない。
そして数が売れない程度の企業規模では、旧世代を完全に切り離す荒技を行使するほどの体力もない。そのほうがMac OS Xにとっても足枷がないことは明らかだとしても。
Windowsでは2年ごとのハードの買い換えがなかば強制的に励行されている。これはかつての日本の自動車産業が試みた道だ。余分な愛着を持たなくてすむという点は評価できる。ワタシのような吝嗇には耐えられないことだが。

Macintoshの行く末

総じて言えば、iMac、iBookという製品戦略は、発表当時のAppleの状況を考えると妥当な政策だったと思えるが、その分「コンピュータ応用機器」としての名声をより高めてしまった。インターネット利用を主たる目的にするようなもっともシンプルな消費者が、デフォルト以上の環境を求めて、(市場を活性させるという大事な役目を持つサードパーティの)ハードウェア、ソフトウェアの投資にやっきになるだろうか? もちろんそんなことはしない。新しいMacが出れば気にはするだろうが。あるいはワープロもできるゲーム機に傾斜していくにしても。

今後も一部の例外を除いて、サードパーティの縮小細分化は進むことになる。

ではWindows市場はどうだろう? 競争相手が多いことがすなわちその激烈さを想像させる。しかしながらそのシェアはいくぶんかAppleが奪回したとしても、あまりに広大なのだ。サードパーティが成立する余地は存分にある(もちろん力なき者は去ることになるのだが)。

Macintoshプラットホームに対して、Windows市場と同様の形態を期待すること、ありていにいえばそれは経済性にほかならないが、それをすべての分野、レベルに踏襲することは不可能だ。互換機禁止条約が締結されている現状ではなおさら。

いくばくか改善の余地があるとすれば、「プロ向け」と称している(最高)機種だけでも「最高速」勝負の戦列にすみやかに復帰させる。これしかないだろう。もちろん「一般消費者」にとっても「速度感」は大事だが、「最高」である必然性はない。そんなことをしたら「高価」になってしまう。今どき。

中級機を消滅させた戦略はわかりやすかったが、実際には中途半端になっている。(いずれもWindowsより)<遅い高級機>、<高い普及機>しかないと判断されてもいたしかたない。それでもみんな「Macだから」しぶしぶ使っているのだ。そんなユーザーの温情にすがっているにすぎない。残念ながらその傾向はますます強くなってきた。

拡張性の高さだけで「業務」が滞りなく行なえると考えるのは、やはり難しい。さらにいえばパッケージングだけではなおさら「持たない」のだ。かつての「Quadra」のごときフラッグシップが登場したとき少しは安心できるのだが……そして何もかも鮮烈な、素晴らしい機能を秘めたオペレーションシステムともに。

セールスポイント

次世代プロセッサG4を搭載するPowerMacintosh(コードネームは「Sawtooh」)ではマルチプロセッサが効果的とのこと。確実に倍数以上のスピード(CPU2つなら二倍以上)が約束されるそうな。
このことによって、Intel(あるいはその互換市場)に実質的なアドバンテージを稼げるかどうかはわからないが、ひとつの好材料ではあるやもしれん。
もちろん、ほとんどのヒトには関係のないハナシ。問題はそうしたごく限られた条件下での「パフォーマンス」が、何かフツーの人びとにまでそれとない影響を与えてしまうこと。「プロフェッショナルユースで鍛えられた云々」とか類する売り文句は色々開発されてきた。
もちろんそれは、コンピュータ自体が軍事技術のデチューン(またはスピンオフ)であることを考えてみても、当然の成り行きではあるなあ。しかし過剰なまでのスペック重視傾向には、いずれ破綻が訪れる。ターボカー全盛が産み出したのは、最高峰のドライビングテクニックを誇るウィザードですらもコントロール不能に陥るモンスターだったことをフォーミュラ関係者はいまだ忘れていないってことだ。
目の覚めるような処理速度とか、使いきれないほどの多機能、新機能といった、一直線のセールスポイントを押し進めている昨今(この場合デザインやら価格で購入を決定する向きはとりあえず除外)、例えば「使いやすさ」なんてのは、やっぱり抽象的なレベルに棚上げされてる。「使いやすい」と感じるポイントは使うヒトによってずれているだろう式の論述がまかりとおっているのが常だ。
Windows95の普及は「使いやすさ」の定義を、より曖昧に広範囲に適用することを許してしまった。Windows95(以降)は、Windows3.1、またはもっと昔のCUIベースのOSよりも使いやすい(そしてやさしい)ことは間違いないが、かといって絶対的にMacintoshよりも使いやすいという言い方は少し誤っている。
しかしながら、Windowsはその多機能さゆえ「便利」だとはいえる。したがって「便利」を中心に「使いやすさ」をとらえるなら、Windowsは使いやすいOSだということになる(ほんとか?)。ほんとか?
また、古来より得意だった分野(テキスト処理、CAD/3D、その他)では、むしろMacintoshは使いにくいともいえる。特にパラメータ入力を頻繁に行なうアプリケーション操作での使いにくさはいかんともしがたい。
それはマウス中心のオペレーションを基準に設計されたOSが「万能」などいうものではなく、単にキーボードと同等の単なる入力装置にすぎないことを証明してしまった。GUIを否定するわけではないが、実際キーボードのショートカットなくしては効率云々を語ることが出来ない以上、やはりMacOSの不備は否めない。
ただしWindowsでの執拗なまでのショートカット(ファイルダイアログでの過剰さを考えてみよう)が最良とは思えない。そこには不足はないが、不要はある。
GUIを導入することによってハードルを低く見せかけたWindowsの功績は認めたいところだが、それはGUIの勝利ではなく、Microsoftの勝利以外の何者でもない。
さて、注意すべきは部分をもって全体を認識してしまうその態度にあり、これが前述の「使いやすさ」の定義を難しいものにしている。プロが使いやすいと感じるポイントが、ことさら過大に評価される傾向は、フォーミュラの技術が一般乗用車にフィードバックされるという神話がいまだコンピュータ世界に根強いせいだろうが、実際はそう一方通行ではなく、ときには逆の現象もありうるということだ(ターボなどは正にそのもの)。
逆に考えれば、グラフィックの分野でのMacintoshの重用(業界標準)に関しても文字通り受け取る必要もない。少なくともアプリケーションの品揃えに関しては両者の間に差はなく、むろん処理速度においては逐一の状況変化(新プロセッサ登場のような)、あるいは個々の購入予算からくるマシンパワーの違いによって明確な差は生まれににくい。より新しいマシンが「絶対的な価値」を持っているだけの話だ。
以前より普及していたゆえのユーザーの絶対数から、たとえば、出力が安定している、あるいは、周囲が同じユーザーであることからの「トラブルシューティングの容易さ」などがアドバンテージとして存在するにすぎない。それは98帝国が築かれた要因でもある。
両者が機能的に似かよっている今、機能的な違いをあげて優位を示すのはあまりに陳腐だ。多機能なMacintoshなどというものはパロディにすら思えてくる。シンプルで使いやすいWindowsとか。
キーボード操作を嫌い、コマンド入力を避けてきた「初心者」が、高度な処理能力を求めるあまり、多機能さや複雑さをいとわないなんてのはまるで滑稽至極。
フォーミュラはヒトが思っている以上に扱いやすいという。炎天下で2時間を超えるスピードレースをこなすには、センシティヴな操安性が好まれるはずもない。しかし、だからといって誰でもが乗りこなせるわけではないのだ。やはり相応のスキル(いやな言葉だ)が必要とされることは言うまでもない。
(自らにとって)必然性のないパフォーマンスを追い求める、あるいは尊重するのは意味がないことに気づいた(またはそんなことはどうでもよい)新規ユーザーの多くが、デザインやコストを重視しているのは必然なのだろう。
そして、真に大事なのは頼れる隣人であり、愛すべき参考書の数。行き先のわからない宇宙船に乗りたくないヒトが増えていることを、送り手はより重要視すべきだ。Jobs氏が強調する「Simple」というフレーズは多くの示唆を含んでいる。

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